ゼンマイ式倉庫

フカミオトハが適当にいろいろ置いたり喋ったりするブログです。 リンクフリーです。R18。

タグ:小説

 ペンが落ちた。
 机の上でカラカラと転がる百均のシャーペンは、教科書にあたって動きを止める。落ちた拍子に、ノートの端に鉛筆の跡が残ってしまった。
(……なんだ?)
 心中つぶやいて、私はかすかに首を傾げた。授業中に小手先でペンを遊ばせて、結果机に落としてしまうのはいつものことだ。しかし今の一瞬には違和感があった。
 指が動かなくなった、ような。
「……?」
 わきわきと五本の指を動かしてみる。指は思った通りに動いた。気のせいだろうか。落ちたペンを拾ってノートの端にさらさらと文字を書く。あいうえお。うん、いつもの字だ。
(気のせいかな)
 顔をあげる。退屈な授業はのろのろと進み、黒板がちまちまと埋まっていく。私はどちらかといえば不真面目な生徒だと自分を疑っているが、板書をとる程度にはやる気がある。結局これはまじめってことなのかな。
 アヘン戦争とかいう地獄に地獄を重ねてイギリスをぶっかけたみたいなひど過ぎる歴史を文字に起こしているうちに、またしてもペンを取り落とした。どうしたのだろう。拾う。書く。落とす。拾う。書く。落とす。なんだ? これはもう明らかにおかしい。病気か? 私死ぬの?
 余命宣告にあらがうように、もう一度ペンをとる。ノートに向き合って気合いをいれると、いつものように指先を動かした。さらさらとペンは動き、

 ――おまえ を うばう

「はっ?」
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 手が動かない。
 部室で目覚めた百田未悠は、自分の右腕を見て首を傾げた。曖昧で茫洋とした意識が、混濁した記憶の中から眠る直前の出来事を呼び起こす。
 ここは文芸部室で、自分は文芸部員だ。会議用の長机がふたつ向き合うように並べられている小さな部屋で、後ろの壁一面を大きな本棚が埋めている。その対面の棚には歴代の文芸誌がきれいに収納されていて、脇には二か月まえに持ち込んだ電気ケトルが鎮座ましましている。それを使ってお茶をいれてくれる副部長も、一緒にいたはずの部長の姿も今はない。未悠ひとりきりだ。机の上では銀色の鍵が、窓から差し込む夕日にキラキラと輝いていた。
(先に帰ったのか――)
 目の前には読みかけの本が置かれている。ハードカバーの海外SFは、ちゃんと閉じられて スピン も挟まれている。寝入ってしまった自分のために部長がやってくれたのだろう。
(……で)
 夕暮れに赤く照らされる部室で、未悠は改めて首を傾げた。状況はわかった。ちゃんと目も覚めた。なのに、この手が全く動かない。白い半袖のブラウスから伸びた細い腕は、意思に反してうんともすんともいわない。
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