【経口憑依1】

 秋だ。
 空気が冷え、木々が紅く染まりはじめ、少しずつ世界が静まっていく。
 オレは秋が嫌いだ――ろくな思い出がない。
 本当なら家でじっとしていたいのだけど、そういうこともできない。フワフワと漂うように街を彷徨う――

 ――ふと、少女を見つけた。

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 散歩でもしているのだろう彼女は、
 あまりに楽しそうで、
 あまりに幸せそうだった。
 憎らしい。

 もちろん、彼女は何も悪くない。悪いのはオレのほうだ。オレの性根が腐っているのだ。
 オレの心はあまりにも長いこと大気に晒されすぎていて、すっかり錆びて、腐りきっているのだ。
 だから躊躇はしなかった。
 オレは背後から無造作に近づき、一気に彼女の前へと躍り出た。

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 俺が目の前に来ても、彼女は気づかない。
 当然だ――オレの姿は、普通の人間には見えない。説明するのも馬鹿馬鹿しい話だが、

 オレは幽霊なのだ。

 おととしの秋に、首を吊って死んだ。自殺した。
 つらいことがあったわけではないし、絶望したわけでもないし、必要にかられたわけでもない。
 理由はなかった。
 ただ、このまま何もしない人生がつづくなら今死んでも同じだと思ったのだ。
 魂だけになったオレは、しかし、

 どこに導かれることもなく、
 誰にも救われることなく、
 今も何もしないまま世界を彷徨っている。

 なにもかもが無意味。

 それから長い時間をかけて俺の魂は磨り減り腐り落ちていった。
 残ったのはどうしようもない怠惰とヘドロのような憎悪、そして沸き立つ欲望だけ。
 こんなに楽しそうな少女を穢すことに、なにをためらうことがあるだろう。

 オレは少女のまわりをくるりと一周してから、その唇にちかづいた。
 化粧っ気のない、やわらかそうな唇だ。まだ学生だろう。大学生というには幼さを感じるが、確かなところはわからない。
 その唇に、おれはそっとその身を触れさせた。

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 一瞬少女の動きが止まる。
 ほんの少し開いた唇に、オレは体をわりこませた。

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「むっ――ふぐむっ!?」

 くぐもったような声。魂に実体はないが、触れることができないわけではない。簡単ではないし物凄く疲れるが。
 そのくらいのことはやってやる。今のオレは憎悪と欲望だけを理由に動いているのだ。

 唇を押し開き、体を口内にもぐりこませる。口の中に突然わけのわからないものが飛び込んで来たのだ、彼女は相当あわてているだろう。
 今はまだ戸惑うだけだろうが、すぐに呼吸ができなくなるはずだ。

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 彼女の混乱を楽しみながら、オレは更に奥へ、奥へともぐりこんでいく。

 舌先をかすめ、
 頬のうちがわを撫で、
 喉元を擦りながら、
 彼女の深奥を目指して突き進む。

 薄暗く狭苦しい食道の入り口にからだをねじこむ。もう息が止まって数十秒。そろそろ悶えている頃だろう。
 先へ。先へ進む。

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 苦しいだろう。つらいだろう。意識も朦朧としてきているはずだ。
 異物を吐き出そうとするのは肉体の摂理。だがここまで来てしまえば、そして彼女の今の状態を考えれば、それを呑み込んでしまうのも必然だ。

 さあ、迎えいれろ。
 自らの意思で、オレを、お前の体に招き入れろ。
 そうすることで、オレは真の意味でお前の肉体へ這入ることができる。

 さあ。

         さあ。

                  さあ。


さあ!!





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 ―― …… 。





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 つらい。

 苦しい。

 酸素が足りない。

 せいいっぱい息を吸って、震えながら吐いて。

 荒い呼吸を整えて。

 ようやく体が落ち着いて。

 邪魔っけな眼鏡を外し、ゆっくりと体を起こしながら、



 ――オレは言った。



「憑依――――――

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――――――成功」



 この体はもうオレのものだ。
 オレは招かれなければどこにも這入ることはできないが、招かれさえすればその場所を占拠することができるのだ。

 それが部屋でも、誰かの肉体でも。

 それこそが、憑依の楽しみ。
 何も無く、どこにもいけず、全てが無意味なオレの、いまや唯一の愉悦なのだ。
 とはいえ時間は無限ではない。所詮死者が生者に成り代われるわけではないのだ。
 どこへ行ってなにをするか。それを考えて、オレは笑みを浮かべた。
 楽しそうな、幸せそうなこの少女を、その肉体と精神を、思うさまいたぶろうではないか。

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 ――さあ、貶めよう。

<おわり>
→つづき