ゼンマイ式倉庫

フカミオトハが適当にいろいろ置いたり喋ったりするブログです。 リンクフリーです。あまりそういうものはないかもですが一応R18。

カテゴリ: 小説

(←前編)

 移動する地獄。
 かつて、篠山園子は電車をそう表現したことがある。肉付きが良く、適度に引き締まり、なにより巨乳という、男好きする体型の彼女は、日ごろから痴漢の被害に悩まされていた。彼女は痴漢を心底憎んでいたし、男に恐怖していた。
 ――そのはずだった。
「さあ、今日も楽しもう」
 その日、園子はいつも通りの格好でホームに立っていた。この三か月、彼女はほとんど毎日そこにいる。服装はまちまちだが、その印象は常にひとつだ。
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 篠山園子が女性専用車両を使うのは、純粋に痴漢に遭うのが嫌だからだ。
 よくある自意識過剰や、通勤時に激空きだからとかいう配慮の根本を履き違えた道理知らずとは違う。なにせ園子は、五日あれば三日は痴漢に遭うという被虐体質である。痴漢「かもしれない」まで含めれれば、五日のうち五日間は被害に遭う。
 誰に話しても、しょうがないよねと言われてしまう。そんなバカな話があるものか、痴漢は犯罪だ、私は被害者だと訴えてみても、そのたびに激しく揺れる冗談みたいなサイズの胸を示されてしまえば、園子も黙らざるを得ない。
「はぁ……」
 ため息は車両の揺れに呑み込まれて消えていく。ガタンゴトン。規則的な揺れに従って、園子の大きすぎる胸もたゆんたゆんと揺れていた。
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←(承前)

 廃工場には誰もいなかった。時間が早すぎたのだ。
 正真に連絡して、ボンとふたりで夜に来ることと、それ以外の連中は今日は来させないように頼んでおく。こういう時、自分のパスワードさえわかっていれば端末を問わないSNSは便利だ。
 近所のコンビニで買ったパンを食って、二度ほどオナニーをしながら待つと、二人がそろってやってきた。いつもの溜まり場に突然全裸の知らない女が現れたのだ、警戒してしかるべきだと思うが、ボンは鼻の下を伸ばして駆け寄ってきた。こいつ大丈夫かよ。
「おつかれ、正真。オレだ、ジンだ」
 というわけで、オレは事情を説明した。
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 不況のあおりを食らって操業が止まり、持ち主が逃亡して取り壊しもされないまま宙に浮いてしまった工場――そういうおあつらえ向きの場所が、この町にはいくつかある。工業地域の再開発に失敗した市政のツケだ。
 そこは不良やら悪ガキやらのたまり場になっている。もちろん本来は立ち入り禁止だが、そういうルールを無視するから不良なのだし、悪ガキなのだ。
「ジンさん、三高の連中、まだ調子コいてますよ。ぶっとばしましょうよ」
「うるせえな。なんでもかんでも暴れようとするんじゃねえよ」
 というわけで、その日もオレはテリトリーにしている廃工場で仲間たちとつるんでいた。特別何をするわけじゃない。以前にはクスリをキメてる連中もいたが、オレが全員ぶっとばした。
 工場はそう広くない。教室二部屋分くらいのスペースがあるトタン壁の町工場で、半分ほどのスペースは何に使うのかもわからないでかい機械が、残りのスペースのうちやはり半分ほどは資材が埋め尽くしている。自由に使えるのは四分の一だ。しかし、このくらいがちょうどいい。ここに椅子やらテーブルやら懐中電灯やらを持ち込んで、夜毎にだべっているのだ。
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 僕が一宮日夜子と出会ったのは、中学校二年生の時だ。卒業式だった。
 出会ったというのは正確ではないか。僕が一方的に彼女を知ったのが、というべきだ。
 中学校の卒業式――三年生の先輩方を送り出す正門前で、一宮は真っ赤な顔で第二ボタンをもらえないかと頼んでいた。地味なふたつしばりで面白味のない眼鏡をかけた、スカート丈の長すぎる女子。それが一宮だ。相手は当時人気のあったバスケ部の先輩で、お前それは無理だろうと誰もが思っただろう。
 事実無理だった。
 先輩は笑いながら(笑いながらだ)、彼女がいるからと断った。一宮は泣きそうな顔で、それでも笑顔で、めいわくかけてごめんなさいと言ったのだ。
 かわいいと思った。かわいそうだと思った。
 それが僕と一宮日夜子の出会いで、僕の、たぶん一目惚れの瞬間だった。
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