1.
「最近の亜香里、おかしいと思わない?」
 パフェの天井に鎮座するクリームをつつきながら、西園紅緒はいかにも深刻ぶってそう言った。誰にも言えない相談事がある――という神妙な前置きに少なからず緊張していた千景としては、なんだそりゃ、と言うしかない。
「おかしいって、何が」
「何。何って、なにって……全部だよ、全部おかしい」
「なんだそりゃ、まるでわからん」
 あきれ顔でカップを傾ける。酸味強めのブレンドコーヒーが喉をすべりおりて、千景は緊張感がほどけていくのを実感した。何事もないのならそれが一番ではあるのだ。
「おかしいよ、なんでわからないの?」
 紅緒はまだ沈鬱な表情で唸っていたが、千景のスタンスは既に深刻な相談から他愛ない雑談にシフトしている。紅緒はまじめで慎重だが、心配性なのが珠に瑕だった。
 東雲亜香里、西園紅緒、そして北斗千景の三人は小学校からの友人だ。
 特に亜香里と紅緒は同じ日に生まれ、新生児室のベッドまで隣どうしだったというのだから年季が入っている。
 今もぶちぶちと何事かつぶやきながらパフェを崩していく紅緒は、飾り気のない眼鏡に雑な手入れの眉、くくっただけの黒髪とオシャレを侮辱するような格好をしている。首から下は制服なのだが、その着こなしにしたってあまりにも適当だ。
 にも関わらず、カワイイ。
 くりくりと黒目がちの大きな瞳といい、口紅もつけていないのに赤みがさしているふっくらとした唇といい、手入れは適当なのに艶のある綺麗な黒髪といい、素材は間違いなく特級品なのだ。少し磨けばダイヤモンドになるのに、本人には全くその気がない。
 もったいねえなあ、と千景は思うが、こればかりは本人次第だ。
「チカ、聞いてる?」
「ん、いや、聞いてなかった」
「ちょっと……」
「だから、何がおかしいってんだよ。亜香里《バカリ》だろ? あいつがおかしいのなんていつものことじゃん」
 三人の中でも極めつけの天然が東雲亜香里だ。「スマホでジュースが買える」と聞いて、お札の投入口に筐体を突っ込んだエピソードはもはや伝説である。もちろん彼女は電子マネーの存在自体は知っている。
 多少奇妙な言動をしていても、それが亜香里というものだ。
「そういうことじゃないんだよ……ねえ、チカ、最近の亜香里見てて気づかなかった? あの子、ここのところ付き合い悪いじゃない」
「ん、ああ、そういや、そうだな」
 ちらりと視線を巡らせる。三人がよく使うトリオ・トリオはパフェが豊富なことで有名な喫茶店だ。女子高生に人気のスポットでもある。三人は毎週のようにここに訪れているが(亜香里はよくこの状況を「トリオ・トリオ・トリオズだね!」と表現する)、ここ一月ほどは千景と紅緒の差し向かいだ。
「あっ、えっ、そういうこと? 男でもできたのか」
「……」
 付き合いが悪くなるといえば真っ先に浮かぶのはそれだ。紅緒は苦い表情でパフェを睨みつけている。
「えっ、ほんとにそうなの? お前、いくらなんでも彼氏ができただけでそれは過保護すぎるだろ」
「違うよ! 彼氏とか、そういうんじゃない……そういうことじゃないんだよ。だって、亜香里、亜香里が……亜香里があんなふうになるなんて絶対におかしい」
 口元を抑えて呻くように言う紅緒からは、鬼気迫るほどの何かを感じた。率直に言って様子がおかしいのも心配なのも紅緒の方だ。
「なんだかな……具体的に何があったんだよ。おかしいって、何かしてたのか?」
「なにか……態度が、変。妙に冷たかったり、そのくせ変に怯えてたり……」
「彼氏ができて、付き合いが悪くなっただけじゃなくて?」
「違うってば! もう、真面目に聞いてよ!」
「だって、全然わからねえもんよ」
 紅緒の説明はまるで要領を得ない。おかしいおかしいと言われても、それだけでは判断のしようもない。声が冷たい、目が冷たいと抽象的な訴えをつづける紅緒は真剣そのものだったが、千景はだんだん鬱陶しく思えてきた。
「もういい、わかったよ。明日話を聞いてみる。それでいいだろ?」
「……わ、私も一緒に行く」
「冷静に話できるか? 今みたいなテンションじゃ、亜香里だって困るだろ」
「……一緒に行く」
 激情を制御できないのか、紅緒は泣きそうになっている。参ったな、と心中つぶやいて、千景はできるだけ優しく微笑んだ。
「わかった、一緒に話そう。でも、まずアタシがふたりで話す。その後、三人で話す。これでいいだろ」
「うん……」
 不満そうではあったが、紅緒もそれが落としどころだとわかっているのだろう。鼻をすすってこぼれる間際の涙をこらえると、はあ、と大きく吐息を漏らした。
「亜香里、元に戻ってくれるかな」
 そもそも千景には亜香里の異常がわからない。だから返答のしようもない。モヤモヤとした中途半端な感情が胃の上を漂うばかりだ。間をもたせるようにカップの中身を流し込んだが、冷めたコーヒーでは違和感を呑み込む助けにはならなかった。

2.
 北斗千景は三人のまとめ役だ。
 多少雑なきらいはあるが、冷静で、気が強く、面倒見がいい。だから紅緒も、亜香里も、いざという時には千景を頼る。そういうバランスができているし、たいていの場合はそれでどうにかなる。
 その夜も、複雑な心境ながら紅緒の心中にあったのは「これでどうにかなる」という根拠のない安堵だった。千景に相談して、千景も受けてくれた。これで安心だ。亜香里と直接向き合えば、千景もきっとその異常に気付くはずだ。
「はあ……」
 街灯のまばらな夜道を、コンビニの袋をぶらさげてトボトボと歩く。夜の勉強は紅緒にとって日常だ。甘いものがほしくなって近所のコンビニまで歩くのもいつものことである。肌寒い夜の中をゆっくりと歩きながら、難題について思考するのが紅緒のルーチンだった。
 亜香里の変化は明らかだ。何かが彼女を変えた。彼氏ができたのかと千景は言っていたが、あれはそうではない。そういう類の変化ではないのだ。まるで、
「……まるで、悪魔でもとりついたみたい……」
 ぽつりとこぼれた言葉は、呪いのように紅緒の心臓にまとわりついた。きゅっと唇を結んで、夜道を行く足を速くする。次の街灯を目指して――
「――べにおちゃん」
 ――ひやり、と心臓を締め付ける呪いがその温度を急落させた。胸の中心が凍りついて、全身の血管が冷却される。
 目指す街灯の中に、いつの間にか人影があった。
 夜の闇を切り取る丸い光に沈むヒト型の染み。頭のてっぺんから爪の先まで、全てが漆黒に塗り潰されたように見える。二歩近づいて目をこらせば、寒光に佇むのが見知った顔だとわかる。垂れ目がちの瞳に肩に触れない程度で揃えられた茶色い髪、いつの間にか両耳に空いていたピアス、身長は小さいのにやたらと自己主張の激しいバスト、アンバランスに細い手足――東雲亜香里が、立っていた。
「こんな夜遅くにどうしたの、あぶないよ」
「亜香里……」
 名前を呼ぶと、そいつは笑った。顔面がピシリとひび割れたような、異様奇怪な笑い方だった。もともと古い付き合いだ、亜香里の家はそう遠くない。しかし、夜道を歩いてくるほど気軽な距離でもない。最寄り駅で言えば一駅隣なのだ。
 こんな夜遅くにどうしたの――どう考えてもこちらのセリフだ。
「こっちにおいで、べにおちゃん。一緒に帰ろう」
 ――だめだ。
 だめだ、だめだ、絶対にだめだ。あれに触れたら、おしまいだ。
「や、いやだ」
「どうして。こんな夜中に女の子がひとりで、危ないよ」
 快活で、はきはきとした亜香里の声だ。いつも通りの声。だというのに、それはねっとりと紅緒にまとわりついて離れない。べたべたと糸を引いて華奢なカラダと地面を結びつけて、紅緒の動きを妨げる。
「こっちにおいで。何もしないよ。ともだちでしょう?」
「違う」
「あっ、ひどいなあ。傷つくよそれ」
「違う、違う! あんたは亜香里じゃない、誰なの、誰なのよ、あんた!」
 キシキシと笑みが深くなる。表情が割れていく。
 違和感の理由を聞かれても、きっと紅緒にも応えられない。それは些細で、しかも曖昧な感覚だったからだ。だが、時間が経つごとにその違和感は強く、明瞭になっていった。
 例えば朝の挨拶。放課後の喫茶店。昼の食堂。何気ない会話。その端々に覗く噛み合わない瞬間が、少しずつ紅緒の中に蓄積していったのだ。
「亜香里を返して!」
 そしてこの瞬間、積み上げられた違和感は確信へと到達した。この少女は亜香里ではない。自分が好きな、自分を好きな東雲亜香里ではない。友達が――あんな、獲物を狙うような眼をするものか!
「……しょうがねぇな、これだから勘のいいヤツはめんどくせえ」
 紅緒の言葉に嘆息すると、軽く頭を振って亜香里は足を踏み出した。めんどくさいと言いながら、その顔は笑いっぱなしだ。ずっと、見るだけで不安になるような嘲笑を浮かべている。
「あきらめろよ紅緒ちゃん、もう優しくはできない――お前が悪いんだぜ?」
「……ッ!」
 ぞわりと体の中心が凍りつく。殺される。根拠もなく直感して、紅緒は一目散に駆け出した。手にしたコンビニの袋を走りながら漁って、突っ込んでいたスマートフォンを取り出す。振り返ると亜香里も走り出していた。
「このっ!」
 コンビニの袋を中身ごと思い切り投げつける。結果は確認しないまま、紅緒は通話履歴の上から二番目の名前をコールした。
 息を切らせて走る。この道は暗い。大きな公園がすぐ隣にあって、街灯も少ない。だがコンビニまではそう遠くない。走って、走って、そして人のいるところに辿りつけば、亜香里だって――亜香里のようなナニカだって、何もできないはずだ。
「チカ、出て、出て……!」
 心臓が痛い。お前が悪いんだぜ。亜香里の発した泥のような声が血管を締め付けている。全力で走ったのなんていつぶりだろう。たった十メートルで横腹が悲鳴をあげている。足音は聞こえない。亜香里は今どこだろう。振り返るのが怖い。電話はまだコール音をつづけている。はやく、はやく、はやく――
『もしもし、紅緒?』
 ――出た!
「チカ、たすけて!」
『な、なんだよ、どうした? 今どこだ!』
「たすけて、亜香里に追われてる! あいつ、あいつ、やっぱりおかしい、やっぱり亜香里じゃなかった! 別人だよ! 亜香里になりすましてるんだ!」
『はあ? おい、落ち着けよ、何言ってんだ?』
「亜香里が、亜香里じゃないんだよ! 亜香里のかっこしてる別人だ! 亜香里の体を奪って、亜香里のふりして、あいつ、あいつ化け物だよ!」
『紅緒……』
 ――ああ。
 ため息まじりの声を聴いて、紅緒は自分の失敗を悟った。何も説明せず、ただ来てもらえばよかった。そうすれば千景はきっと全力で駆けつけてくれただろうに。
「チカ、聞いて、チカ。亜香里は本当におかしいんだ。このままじゃきっと全部奪われる。全部なくなっちゃう。チカ、助けて、助けて、お願いだよ」
『お前……いや、いい。わかった、とにかくそっちに行く。今どこにいるんだよ』
「えっと、えっと」
 ぽろぽろと涙をこぼして、紅緒は周辺を見渡した。公園の近く、コンビニの近く、自宅の近くだ。どれを答えてもいい。混乱した頭を落ち着かせるために軽く深呼吸すると、紅緒はスマートフォンを握り直した。
「いま、」
 ――するり、と。
 握り直したばかりの手の中から、スマートフォンがすり抜けた。
「……えっ、」
 振り返る。気が付けば足を止めていた。街灯と街灯の隙間。光のない暗闇の向こう。紅緒のすぐ後ろで――「つかまえたっ」――ひび割れた笑顔が、立っていた。
「亜香里……」
「もしもし、チカちゃん? うん、ごっめーん。なんか紅緒ちゃん怒らせちゃったみたいなの。うん、うん、大丈夫だよ、こっちで話す。え? いいよ、悪いもん。えー……うん、わかった。うん、ごめんね。私の家のすぐそばの……うん、そこにいる」
 紅緒のスマホを耳にあてて、亜香里の姿をして、亜香里の声で、そいつが話している。やっと手に入れた希望が手の中から滑り落ちて、奈落の底に消えていく。「じゃあ、あとでね」と常のような明るい声で言って、亜香里は電話を切った。
 そしてそのまま、スマートフォンを地面に叩きつけた。バキャン、と破裂音を引き連れて液晶が粉々に弾け飛ぶ。筐体を思い切り踏みつけてから細い脚で蹴飛ばす――紅緒のスマートフォンは、あっという間に冷夜の中に消えていった。
「あ……あ……」
「メスガキが、調子乗ってんじゃねえよ」
 吐き捨てるように言うと、亜香里は紅緒の目をまっすぐに見た。身長差があるため、下から見上げるような形になる。にも関わらず、紅緒は「睥睨されている」と感じた。
 圧倒的に立場が違う。相手は捕食者で、自分は獲物なのだ。
「化け物だと? 言ってくれたな!」
 パン、と何か鋭い音がした。頭を揺らす衝撃と、頬に熱。叩かれた、と気付いたのは一拍遅れてジワジワと痛みが響きだしてからだ。
「あ……」
「ナめてんじゃねえよ!」
 髪を思い切りつかまれて引き倒される。まるで抗えず、紅緒は地面に転がされた。かろうじて顔をあげると、亜香里の冷たい瞳が、今度こそ文字通り自分を睥睨していた。
「ああ? 化け物だってんならよ、化け物らしくやってやるよ。クソが、クソったれが」
 鈍い音と、重い衝撃。おなかを蹴られたのだとどうにか理解する。この時点で、事態は紅緒の思考回路を遥かに超越していた。ついていけない。わけがわからない。
 ただ、頬と腹から響く痛みだけが明瞭だった。
「後悔しろよ紅緒チャン。いや、別にいいけどな、どうせその後悔も、すぐにオレたちのものになる」
 とどめとばかりにツバを吐きかけて、亜香里はけらけらと笑った。まるで、まさに、悪魔のような笑い方だった。

3.
 夜の公園に、ぴちゃぴちゃと奇妙な音が響いている。
 大きな池を中心に、遊歩道とベンチ、それらを取り囲む林があるだけの森林公園。広場すらないここは、夜になると誰もいない。街灯もないため、木々の隙間に入り込んでしまえばまず外からは見つからない。
「いやっ、やだ……」
 重なりあう枝をすり抜けて、かすれた声が漏れた。拒絶の声ではあったが、ひどく弱々しい。聞き届けて駆けつけるような助けはない。
「嫌なのか? そりゃいい。そうじゃなきゃ話にならん」
 そして、凌辱者の方もそんなかすかな声に応える道理はない。
「やめて、やだ、やだ……!」
 大きな木に背中を預け、はしたなく両脚を広げる羞恥姿勢で紅緒はかすかに身をよじった。上はスウェットのままだが、下は既にパンツまで剥ぎ取られている。むき出しになった秘部には親友が顔をうずめ、舌を蠢かして淫らな水音を響かせていた。
「動いたら殺す。お前も殺すし、このカラダも殺す」
「ひっ……ぅ、うう」
 陳腐な脅しだ。だが、肌を撫でる夜の空気よりも冷たいその言葉は、紅緒にとってはいやになるほどのリアルだった。
 殺される。自分も、亜香里も、殺される。
「んぅっ……う、ううう……」
 ぷちゅっといやらしい音をたてて、舌愛撫が再開される。亜香里が紅緒の淫唇に口づけをしてからもう十分は経っただろうか。その間、柔丘をついばみながら舌を伸ばし、恐怖と冷気に縮こまった秘肉を唾液まみれにして舐めまわしつづけた。最初は違和感と嫌悪感だけがぞわぞわと腰を巡っていたのだ。紅緒も、早く終わってくれと、それだけを考えていた。数分が過ぎた頃、そこにかすかな熱のようなものが混じりはじめた。更に数分が過ぎて、感覚の半分以上が熱情と置き換わった。
 そして今、紅緒のおなかの中は、すっかり微熱に浮かされていた。上の口も下の口も、とろとろとだらしなく涎を零している。
「えろいカラダしてんなあ。オナニー中毒か?」
 垂れ落ちる淫涎を舐めとって、亜香里が下世話な笑みを浮かべた。ふとももに優しいキスを繰り返し、寒さに震える肌をあたためるように掌でさする。
「もっと腰落とせよ」
「い、いやだ……」
「ほんとに殺すよ」
 その言葉で、紅緒はおずおずと足を開く。ガニ股になって腰を落とし、差し出すように淫部を前に押し出した。
「こ、これでいいの?」
「いいねえ」
 けらけらと笑って、亜香里がまた淫部に吸い付く。ふとももを撫でまわす手がするすると上へ向かい、臀部をむしりと鷲掴みにした。
「いいケツだ。お前ほんといいカラダしてんな」
 紅緒のことなどまるで考えず無遠慮に尻肉を揉みしだきながら、亜香里は淫肉に舌をもぐらせる。さんざんこねくりまわしたソコはすでにドロドロにとろけきって、ひと撫でするだけでジュワジュワと蜜液が溢れ出してくるありさまだ。
「んっ……ふぁ……」
 唇から漏れる声も、それだけで感情を昂らせるような淫熱を孕んでいる。巧みに蠢く舌先が靡肉をこねまわすたびにゾワゾワと湧き上がる甘い感覚に、紅緒の脳髄はすっかり浸かり切っていた。
 混ざり合う唾液と愛液が淫らに囁き合いながら、くすぶる快感を煽りたてる。じわじわと、ぞわぞわと、まるで神経が作り変えられていくような錯覚。快感のスープに浸かったカラダを、じっくりコトコト煮込まれている。
 そう、じっくり、コトコト、すこしずつ、時間をかけて。
「……足りないって、思っただろう?」
「――ッ」
 ぬるりと濃厚な蜜を舌先からこぼしながら、亜香里が笑いながらそう言った。
「もう、それは十分だから――もっと奥までって、思わなかったか?」
 思わず視線を向ける。舌だけでなく、亜香里の顔は蜜でどろどろに汚れていた。鼻から下など、テラテラと光って見える。唾液と愛液の混合蜜にも構わず、ぬめつく口の端を吊り上げる笑みは、いっそ狂的ですらあった。
「おもって、ない」
「嘘つけよ」
 ぢゅぷっと蜜を弾けさせて、舌よりも細く、硬い何かが蜜まみれの秘部に割り入った。亜香里の指だ。不意打ち気味に侵攻してきた三本の指が、膣道にもぐりこんで淫壁をひっかいた。
「ふぁっ……!」
 舌先で嬲られるよりも鋭くはっきりとした刺激に、思わず腰が浮き上がる。弱い快感を延々と与えられてとろけきった紅緒の性感は、待ち焦がれていたかのように敏感に、亜香里の指に呼応した。
「ほら、気持ちいいだろ? こういうのが欲しかったんだろ?」
「あっ、ぁあっ、んんっ……ふぁああっ!」
 溢れる蜜を撹拌しながら、三本の指がそれぞれ別個の生き物のように膣を掻き回す。中途半端な姿勢を支えていた膝が揺れはじめ、少しずつ腰の位置が下がっていく。それはまるで「もっとしてくれ」とねだっているようだった。
「正直に言えよ、淫乱が!」
 ぶじゅっ、ぢゅぐっ、くちゅっ――
 空気と液体をまき散らしながら、紅緒の膣がだらしなく喘ぐ。ほとんどしゃがみような姿勢で、それでも紅緒は必死になって首を振った。むりやりやらされているんだ。望んでなんかいない。ひどい目に遭わされているだけだ。気持ちよくなんてない。
「んっ、んっ、んぁああっ! あっ、ぁうっ、ふぁあっ、あああっ……!」
 そう、どれだけ心が叫んでも、紅緒自身の喉からまろびでる艶めいた声がそれを否定する。抑えようとしてもそれすらできない。真面目なだけが取り柄の野暮ったい女子高生のカラダは、いまや一流の娼婦でも及ばないほどに蜜漬けにされてしまった。足も、腕も、声も、何も自由にならない。
 淫らな音を立てながら膣の中で暴れまわる三本の指が、脳内にいやに克明にイメージされる。紅緒はもはや、膣からあふれる快感以外の、ほとんどすべての感覚を見失っていた。
「亜香里チャンよりよほどイイ反応だぜ、お前。やっぱり才能ってのはあるんだよな」
 そんな冷たい声も、紅緒の靄がかかった思考を覚ますには至らない。亜香里が一体どれほどの恥辱を受けたのか――今の紅緒には想像もできない。
 現実から襲いかかる快感の波を受け止めるので精いっぱいだ。
「ふぁっ、あぁ……あかり、あかりを……!」
「ん?」
 それでも、朦朧とした意識の中で、思い出したように紅緒は言った。快楽のスープの中をもがきながら、必死に叫ぶ。
「亜香里を助けて……亜香里を……亜香里から、出てってよぉ……っ」
 まなじりからボロボロと涙をこぼして、魂を振り絞るような、懇願じみた声。
「……はっ、まだ余裕があるんジャン」
 ほんの少し意外そうにしてから、それでも亜香里は指を止めない。より奥を、より激しく、紅緒の性感を暴くように指を突き立てる。
「んぐっ、んっ、んんっ! んぁああああっ!」
 たっぷりと時間をかけて炙られ、芯まで快楽に浸かり切った性感が、暴力じみた指先にからめとられて揺さぶられる。気がつけば、紅緒は地面に座りこんでいた。冷たい草の間隔がお尻の隙間から背筋を冷やしている。亜香里の指は未だ膣の中に。下から見上げていた亜香里のとろけた瞳が、同じ目線で紅緒を見ている。
「ぁ……」
 この瞬間まで、紅緒はどこかで「自分は亜香里に犯されている」と思っていた。しかし違う。ふたりは対等なのだ。わけのわからないナニカが亜香里を乗っ取って、ふたりを辱めているのだ。
 紅緒がそうであるように、亜香里のカラダも、弄ばれている。
「ぁっ、ぁああっ、あかり、あか……んぁ……ッ」
 悔しい。苦しい。かわいそうだ。助けたい。亜香里は大切な友人だ。家族と同じくらい長く、濃密に過ごしてきた親友だ。こんな目に遭っていい子じゃない。
 自分は、これほど亜香里を愛おしく思っていたのだ。
 気付きの衝撃は大きかった。切ないほどに愛おしい。亜香里が、亜香里のカラダが。
 にっこりと亜香里が笑う。あるいはそれは、本来の少女よりもはるかに優しく、慈しみに満ちていたかもしれない。
「ん、ンふ……」
 どちらからともなく、ふたりは唇を合わせた。淫戯に火照った体温が巡りあい、ぬるりと後を追って舌が入り込む。ほとんど躊躇なく、紅緒もまた舌を差し出した。これは得体の知れない誰かの舌だけれど、同時に、愛すべき友人のカラダなのだ。
 ふたつの舌が絡み合いながら、唾液と快楽を交換する。股の下で激しく踊る指先に、紅緒は自ら腰を振っていた。
 気持ちいい。気持ちいいいのだ。これを拒む理由がわからない。だって亜香里だ。亜香里のカラダなのだから。亜香里がそう望むなら、もうそれでもいいじゃないか。
 受け入れて――何が問題なのだろう?
「んっ、ふう、ちゅっ、んちゅっ、んっ……」
「ふぁ、ん、んんんっ、んうううっ……ッ!」
 ふさがった唇から漏れる喘ぎ声が重奏になり、そこに唾液と蜜の音が加わって、紅緒の思考回路を奪っていく。挿抜を繰り返す右手の指に、いつの間にか左手までも加わって、とっくの昔に皮を脱ぎ捨てたクリトリスをこすりあげている。
「んっ、んぁあっ、ふぁあっ……あか、あかりっ、あかり、あかり、あかり……!」
 ふるえる両手が、友人の肩を抱いていた。やわらかい。あたたかい。最愛の友の温度だ。どうしてこんなことになったのか、ここで何をしているのか、紅緒にはもうわからない。本当にわからなくなってしまった。
 快感と、愛情だけが、明瞭だった。
「あかり、ん、んんっ、んちゅっ、んっ、んふ、ふぁあああっ、あぁあっ!」
 あたたかい。きもちいい。きもちいい。きもちいい。きもちいい――
「イって、紅緒チャン。イっていいよ。我慢しないで、ほら、イって!」
「あっ、ぁあぁっ、あかり、あかり、イく、イっちゃう!」
「私を、受け入れて!」
 ぱちゅっ――と、股の下で何かが弾けた。捻りあげられた秘芯が、ため込んでいた快楽のすべてを吐き出し、背筋を走り抜け――「イくぅっ!」――声に出すと、それが更に強くなった。背骨が痺れて、神経が震える。快感に漬かり、愛情で焙られた全身が、その瞬間に波打った。
「――んぁあぁあっ、あああぁっ、あぁあああああ――――ッ!!」
 蜜漬けの神経を震わせる絶頂が、紅緒の全てを攫って行く。快楽の津波が怒涛のごとく少女の自我を押し流し、後に何も残さない。
「ああ、あ、ぁ……」
 そうしてぽっかりと空いたその空白、
「べにおちゃん、すきだよ」
 そっと唇を合わせて、亜香里がそうささやいて、
「すき……わたしもぉ……」
 ほとんど反射的に、紅緒もそう答えた。
 西園紅緒は、東雲亜香里を――その中に巣食う「ナニカ」を、この瞬間、受け入れたのだ。


「――亜香里!」
 北斗千景がふたりを見つけたのは、電話を受けて駆けつけて、更に一時間も経ってからだった。亜香里の家の近くだと言っていたのにどこにもいない。電話をかけてもつながらない。探し回ってようやく、連れ立って歩くふたりを見つけた。
「あ、チカちゃん」
 ぽやんとした表情で名前を呼ぶ亜香里のことは正直殴りたかったが、ふたりそろっているところを見るとどうやら問題は解決したのだろう。それどころか、仲良く手なんてつないでいる。
「どこにいたんだよお前ら。呼び出しておいていなくなるとか、どういうつもりだ」
「ごめんね、チカ。迷惑ばかりかけちゃって」
「まあ、別にいいけど……それで、問題は解決したのか?」
「うん。ちゃんと解決した」
 やはりだ。よくある誤解だったのだろう。憑き物が落ちたように微笑む紅緒に、千景も安堵したように吐息をこぼした。
「……まさかこんなに早く気づかれるとは思わなかったから、計画を前倒しした。こっちを使って――ー」
 親指で自分を示した亜香里は、そのままその指を紅緒に向けた。
「――そっちを犯したんだ」
「……あ?」
 一瞬、言葉の意味を理解できなかった。いや、じっくり考えてもわからない。なに。なんだって?
 暗い夜。頼りない街灯。だから気づかなかった。
 亜香里も、紅緒も、笑っている。同じように、キシリ、と表情が割れたような奇妙な笑みを浮かべている。
「だからさ」
「快楽に落として」
「愛情で掬いあげることで」
「空白を作るんだよ」
「そうすると、わりと簡単に潜り込める」
「自分をコピーするっていえばいいかな」
「どっちもオレになるんだ」
「憑いちまえばこっちのもんだよ」
「どっちのカラダもよかったけど」
「友人同士のレズってのはやっぱいい」
「次はお前だ」
「3Pはもっといいぜ」
「たぶんな」
 笑みを浮かべたまま、ふたりは言葉を補い合うようにそう言った。交互に言葉を継ぐ姿は異様というしかない。まるで全く違う人格に、ふたりが操られているようだった。
 信じられない。バカげた話だ。からかっているに決まっている。
 否定を言葉を連ねて混乱する頭は、しかしそれでも、これが現実だとわかってしまう。今のふたりが異常であること、それが演技なんて生ぬるいものでないことくらいは、ここに至れば千景にだって理解できる。
 直感できる。
「……嘘だろ?」
「ひどいなあ、チカってば」
 ずい、と紅緒が前に出る。亜香里が後ろに回る。脳裏に声がめぐっている。紅緒の悲鳴じみた声だ。亜香里がおかしい、亜香里がおかしいと、紅緒は執拗に繰り返していた。
「どうして信じてくれなかったの?」
 笑いながら紅緒が言った。
 嘘だろ、と心が繰り返す。言葉にはならなかった。紅緒の唇が千景のそれをふさいだからだ。背後から二本の腕が回り込み、胸元をまさぐった。ぞわり、と背筋が震える。
 どうして。
 暴れようとして、しかしかなわない。ふたりがかりで抑え込まれて動けるわけがない。いや、そうでなくとも、ふたりの力は信じられないほど強くなっていた。まるで肉体の限界を無視しているようだ。
 どうして。
 そのまま路地に引きずり込まれる。快楽で落として。亜香里で紅緒を。自分がこれからどうなるのか、いやでも想像がついてしまう。
 どうして。
「それじゃあチカちゃん」
「一緒に愉しもうか?」
 ふたりの笑顔を暗闇の中に眺めながら、千景は地の底に落ちていくような感覚を味わっていた。どうして。どうして。本当にどうして。
 ああ、どうして――信じてやれなかったんだ。

4.
 駅前の喫茶店で、三人の学生がテーブルを囲んでいた。パフェが豊富なことで有名なトリオ・トリオは、近隣の女子高生たちの憩いの場になっている。東雲亜香里、西園紅緒、北斗千景の三人も、御多分に漏れずこの喫茶店をよく使っている。
「女子高生の舌って、ほんとスゲーよな。甘いもんマジでうまいもん」
「そうなんだよなあ。そりゃ別腹にもなるわな」
「いくら食ってもくどくないの、これなんなのかね」
 三人は談笑しながらパフェをつついている。仲睦まじい友人同士の風景だ。
「で、次はどうする? 前倒ししたわりにはうまくいったし、もうちょい攻めてみる?」
「あのさあ、隣のクラスにお嬢様いるじゃん。南光院だっけ? あれいこうぜ。前から思ってたんだよ、この三人バランス悪いって」
「南がな」
「そう、南が!」
 手を叩いて笑い合う姿は微笑ましいの一言だ。ひとしきり笑ったあと、うちのひとりが紅茶を一口飲んで、それから、ふう、と吐息をこぼした。
「しかし、うまくいってよかったよ。時間かけたほうがいいと思ったけど、案ずるはなんとかだな」
「なんとかだねえ。それで、今日はどこでスる?」
「飽きないねえ、オレってば」
「オレのカラダも、オレのカラダも、気持ちよすぎなんだよ。いいカラダばっかで大当たり」
「これってオナニーなのかな?」
「自問自答やめようぜ」
 パフェを空にした三人は立ち上がる。誰からともなく手をつないで、にこにこと笑いながら店を出た。とても仲の良い三人組。心温まる光景だ。
 誰も知らない。
 その失意と、悲劇と、後悔を――もはや、本人たちですら。

おわり



※この作品はリクエストボックスのリクエストを元に執筆されました。