(←前編)

 移動する地獄。
 かつて、篠山園子は電車をそう表現したことがある。肉付きが良く、適度に引き締まり、なにより巨乳という、男好きする体型の彼女は、日ごろから痴漢の被害に悩まされていた。彼女は痴漢を心底憎んでいたし、男に恐怖していた。
 ――そのはずだった。
「さあ、今日も楽しもう」
 その日、園子はいつも通りの格好でホームに立っていた。この三か月、彼女はほとんど毎日そこにいる。服装はまちまちだが、その印象は常にひとつだ。
 今日の園子はむっちりとした太ももと尻の丸みを強調するスキニーパンツに、フォーマルな印象の黒いジャケットを着ている。……パンツと、ジャケットだけだ。他には何も身に着けていない。
 どんなに姿勢を変えても下着のラインは浮かび上がらず、ジャケットの胸元からはあやういほどに肌色が覗いている。今日も、篠山園子の印象はいつも通りだった。
 すなわち――エロい。
 これに尽きる。
 園子を知っている人間がこれを見たら、何が起こったのかと思うだろう。彼女はこれまで、痴漢を恐れるあまり男装じみたファッションをすら選んできたのだ。
 何が起こったのか?
(ほんとうに、何が起こったんだろう)
 ホームで三回も車両を見送り、適度な混み具合の車両を待ってやっと乗り込む篠山園子を内側から見つめて、『彼女』は諦念に満ちたつぶやきを漏らした。とはいえそれも心中のことで、音として外には出ない。出せない。
(どうしてこんなことになったんだろう)
 三か月、延々と考え続けたことだ。答えは未だに出ていないし、おそらく出ることはないだろう。
「細かいこと気にするなあ、お前も。暇なの?」
 篠山園子が虚空に向かってそう嘲弄する――暇かと問われれば暇に決まっていた。何もできないのだ。手も、脚も、カラダのどこもかしこも動かせない。なぜならば、それらは全て、今、篠山園子を名乗るこの存在に奪われてしまったからだ。
 カラダを皮に変えられる。あるいは、皮以外のすべてを失うというべきか。三か月前のあの日、理解不能な怪奇に行き遭った彼女は、ぺらぺらの皮へと変えられてしまった。そうしてあろうことか、事の下手人はその皮をかぶり、そのまま成りすましてしまったのだ。
 そうして篠山園子は、胸を半分も露わにして混雑する電車に乗り込む痴女になってしまった。
(あなたは、なんなの?)
 この問も、三か月繰り返したものだ。返答もいつも同じことの繰り返し。
「さあ、私にもわからないんだ」
 誤魔化されているだけなのか、それとも本当にわからないのか。いずれにしても同じことだ。そもそも、それがわかったからといって解決にはならない。
(ぁ……)
 車両と車両をつなぐ連結部、ちょうど角になっている部分に、篠山園子はまっすぐに移動した。明らかに誘っている。これはもう日課のようなもので、当然、この路線を縄張りにする痴漢たちにも園子の存在は知れ渡っていた。淫乱な痴漢待ちが定位置につくと、すぐさま複数の手が伸びる。
「んぁっ……」
 痴漢たちも躊躇しない。園子のカラダをまさぐりながら、スキニーパンツのボタンを外し、ジャケットの前を開く。遮るもののない外界に、園子の豊乳が勢い良くまろび出た。
「んはッ……んぁ」
 ことさらに甘い声をあげながら、園子はカラダをくねらせる。もっと触れと言うかのようだ。痴漢も応えて五指を乳に沈ませる。ぐにゅり――という音が聞こえてくるかのような底なしの柔らかさで、園子のふたつの膨らみは痴漢の欲望を優しく受け止める。
「はぁっ、ん、んう……」
(ん、んぁっ……うぅ……)
 皮として園子に着られている『彼女』も、その感覚は受け取っている。未だ意識を保ち、感覚を保ち、感情を保つ『彼女』は、三か月もの間ずっと苦悩しつづけていた。
 痴漢は憎い。男は怖い。けれど、気持ちいいのだ。
(はっ、はぁっ、んぁああっ……)
 篠山園子と皮としての自分の関係は、実際にはわからない。肉体と言ってみても皮なのだ。思い返せば、皮に変えられ、その全てを奪われた時、彼女を襲ったのは年端もいかない少女だった。今もそうなのだろうか。皮を剥げば、あの少女が現れるのだろうか。
 違う気がする。
「相変わらず、すげえ胸」
 耳元でぬめりをまとう声が聞こえた。生ぬるい吐息が耳朶を舐める不快感。たぷたぷとおもちゃのように下乳を持ち上げ、無遠慮に鷲掴みにされる嫌悪感。それらを衆人環視の中で行われているという羞恥――どれもこれもが、リアルに過ぎた。
 自分のカラダなのだ。
 動かせないだけ、意思が伝わらないだけで、自分のカラダだとしか思えない。羞恥と興奮で鼓動が早くなるのも、執拗に胸を嬲られて全身が熱くなるのも、皮だけだったらありえない話じゃないか。
(でも、ああ、わか、んない――あっ、ぁぁあああぁッ!)
 篠山園子よりも、皮のほうが先に達した。これはいつものことだ。最初こそ怯えて泣いていた彼女だったが、一週間もすると痴漢される快楽にすっかり溺れてしまった。
 もしも解放されたとしても、元の生活に戻れるのだろうかと不安になる。
(はぁ、はぁ……ぁ、んぁあっ、ぁあ……)
 意識だけの彼女が達しても、痴漢たちは手を止めない。篠山園子はもっとよこせと言外に彼らを誘うからだ。園子を囲み、手を出している痴漢は二人。その背後に二人が壁役として立っている。ただでさえ人目に触れない車両の角で、更に人の壁に隠れてしまえば多少大胆なことをしても気づかれはしない。
 一人は執拗に胸ばかりを責め立て、沈んだ乳首を掘り返そうと躍起になっている。荒い指使いだが、既にできあがっている園子のカラダは、乱雑さからも十分に快楽を受け取っていた。
 もう一方の手は下腹部に向かう。スキニーパンツの隙間に無理やりに手をはさみこみ、無骨な掌をくっきりと浮かびあがらせながら尻肉を揉みしだく。既にパンツのジッパーは下ろされている。覗く繁みをショリショリとさすりながら、穴の奥にもぐりこむタイミングを探しているようだった。
「ぁんん、んんぁ……はぁっ、ぁ……」
 男の手の中でぐねぐねと形を変える柔乳は、もはや別の生き物のようだ。弾かれて波打ち、揉まれて歪み、時折車両の揺れに従ってプルプルと震える。
 乳輪をこねる指がすばやく上下に、快感をこすり上げるように動くと、ぷくっと桜色の淫芽が膨れ上がるように屹立した。羞恥を具現化したような陥没乳首も、三か月の痴漢経験を経て感度が高まったのか、すぐに顔を出して更なる愛撫をねだるようになっていた。
「んんっ、んぁぁ……っ」
(ふぁっ、ぁああぁあっ!)
 二人分の嬌声が内側で反響する。わんわんと響く甘い喘ぎは思考能力を奪って全身の感度を高めていく。

 ――ちゅぷっ

 待ち構えていたかのように、太い指が膣口に忍び込んだ。ぞわりと湧き上がる異質の快感に腰が浮き上がる。それを尻側の手で抑え込み、くちゅくちゅと肉壺の内側で指を掻き回す。
 胸の方も負けてはいない。やっと外に出てきた乳首を思うさまねぶりながら、柔肉全体を捏ねるように揉み回し、その内側に淫熱をこもらせていく。
「あっ、ふぁっ、ん、んんんっ」
(んぁああぁつ、ぁ、ぁあぁっ、ぁあああ――ッ!)
 表皮の絶頂に呼応するように、弄ばれる淫唇から飛沫が散った。園子はまだ一度もイッてないのに、皮の彼女はこれで二度目だ。気をよくした太指がクリトリスを捻ると、
(あっ、あっ!? あぁあうううっ!)
 すぐに三度目の絶頂を迎えてしまう。
 当人にしても、こんなに恥ずかしくて屈辱的なことはない。痴漢をずっと憎んで、痴漢で感じたことなどなかったのだ。だが三か月前にそれを教えられて以来、毎回のように絶頂を繰り返している。
(なんで、なんで私、こんなに……)
 悩む間にも間断なく快楽が押し寄せる。外から、内から、全身を攫う淫悦の波。そう、皮を着込んだあと、確かにソレはそう言ったのだ――「法悦を約束する」と。
「足りない、もっとぉ」
 すでに三回も達しているというのに、園子はそう小声で催促した。
(ちょっと!?)
 皮の悲鳴。その焦るような叫びは篠山園子にも聞こえていたが、こればかりは仕方がない。
 絶頂を共有しているわけではないのだ。感覚と実態の乖離は、中途半端なもどかしさとなって園子を苛んでいる。基本的に、感じやすい方が有利だといえた。
 男たちの反応は早かった。
 一人が隙間を縫うように園子の前に回る。限られたスペースに滑り込んだ痴漢魔は、ニヤリと笑って豊満すぎる媚乳にむしゃぶりついた。目覚めたばかりの秘芯をねぶり、歯の先でこすりあげながら、音を立てて吸いつく。
「んっ、んんっ!?」
(はぅっ、あ、んぁああっ)
 同時に、ずるり、とスキニーパンツがずり下ろされた。むき出しの丸いお尻が晒されて、お尻の穴から今も指をくわえて涎をこぼす淫唇までが車内でむき出しになる。
「ちょっ、待て、さすがに――」
 制止の声は。
 振り返った先に並ぶ人の壁を前に呑み込まれた。壁役は二人だったはずだ。だが今や、園子のことを十人近くの人間が囲んでいた。中にはカメラを向けているやつまでいる。
「ばか……」(うそ……)
 こんなことをしたら絶対に見つかる。次の駅で全力で逃げなければ逮捕確実だ。車内で騒ぎを起こして電車を遅延させることが何を招くのか知らないわけではあるまいに。
「はは」
 胸にしゃぶりつく痴漢が笑った。見れば、ギンギンに勃起した陰茎がむき出しになって園子を見ていた。
「しょうがないね」
(えっ――)
 さんざんに入り口をほぐしていた指が離れ、新たに背後から伸びる二本の腕が園子の脚を抱え込む。たらりとこぼれる愛蜜が、電車の床にぽたぽたと滴を落とした。
 時間は少ない。躊躇せず、痴漢は腰を打ち出した。
「んっ……んんぁあぁんッ!」
(ふぁあぁああっ!? あ、ああ、はいっ、はいって――あぁああ!)
 ぐちゅっと水音を響かせて、園子のカラダはあっさりとソレを呑み込んだ。三か月の間にも痴漢行為だけを享受していた園子は未だに処女だったが、痛みらしきものもなく、破瓜の血さえ愛液にまぎれて気づかない。
「んぁっ、あ、んんっ、んふぅうっ」
(ふぁっ、あぁあっ、うぁああっ、あ、ぁあああんっ)
 焦るように激しく、しかしこの三か月の思いの丈をぶつけるように情熱的に、痴漢は腰を打ちつけた。相応の音が響いているが、タイミングを合わせるように車両の中央で大声の会話がはじまる。あれも仲間なのだ。
(やっ、やぁ、やだ、また、またいっちゃう、いっちゃう、あ、あぁあ――ッ!)
 ひと突きごとに意識を飛ばして絶頂を繰り返す彼女、
「ん、ぐ、ふぅっ、ふぅううんん、んむぅうっ!」
 嬌声を殺して涙をこぼしながら絶頂をこらえる彼女、
 同じ肉体を共有する二人は津波のように寄せて返す快楽に全身を震わせる。先鋭化された性感が肉棒の熱に喘ぎ、膣壁をこすりあげられるだけで大量の蜜を分泌して溢れさせる。思考が埋まる。理性が消える。だらしなく口を開いて、涎と一緒に淫らな声をあげるだけの生き物になる。
「んぁ、あぁっ、んんっ、はっ、はぁっ――」
(ふあっ、ぁああああっ! あんんぁあああっ! ぁあっ! ぁあああ!)
 重なる嬌声が、連なる快楽が、触れ合う体温が、
「出るっ……!」

 どぷっ――

 子宮を叩く灼熱とともに、完全に一致した。

(「ふぅぁあっ、あぁああぁあっ! んんぁああああぁあああッ――――!!」)

 それはどちらの叫びだったのか。迸る絶頂は喉を突き破って走り抜けた。全身から溢れる快楽が収束して爆発し、篠山園子の脳をぐちゃぐちゃにかき乱す。
 誤魔化しようがない。車内をざわめきが伝播していく。ガタンと大きく車両が揺れ、ゆっくりと扉が開く。痴漢集団は円陣を組むように園子を抱えて囲みを作ると、速やかに車両を脱出した。
(あぁ――)
 ……そんな冗談じみた展開も、騒動も、彼女には認識できなかった。何かが起きていることはわかるが、途方もない脱力感と疲労感が彼女の全てを覆っている。外の世界がわからない。切り離されてしまったようだ。
(――?)
 切り離されて。
 ぞくり、と違和感が這い上がる。それは、どういうことだ? それは――

 ――たすけて

 耳元を声がかすめたのは次の瞬間だった。声。ならまだ耳は聞こえているのだろうか。

 ――たすけて

 いや、違う。これは外から聞こえているんじゃない。これは、この声は、内側から響いているのだ。
 ――お願いたすけて、もうやだ、もういやなの
 ――ゆるして、助けて、感じたくない、もうやだ
 ――出して、ここから出して
 一度気づけば、それは明瞭な悲鳴と懇願となって彼女を包み込んだ。彼女は何も知らない。何もわからない。けれど、直感した。
 これは被害者だ。
 彼女と同じように皮にされ、それ以外の全てを奪われた、あわれな女たちの成れの果てだ。何人分もの声が、彼女を通り抜けているのだ。
(なんで――)
 今までは聞こえなかった。聞こえなかったのだ。今や彼女は視界を失い、暗闇の中をどこまでも沈んでいく異様な感覚の中にいた。その闇を、悲鳴と怨嗟と懇願と、そして嬌声が覆っている。いやだいやだと言いながら、たすけてくれと泣きながら、喘いで絶頂している。
(私も、私も、ここに)
 落とされたのか。
(やだ、待って、やだ――)
 どうにか外につながる道はないかとありもしない手を伸ばす。それは奇跡か偶然か、かすかに手繰り寄せた感覚が、外の世界を垣間見せた。
 篠山園子は痴漢たちに囲まれて狭い部屋の中にいた。どうにか逃げおおせたのだろう。既に服を全て脱いだ園子は、自ら股を広げて挿入をねだっている。
 男のひとりが、園子に覆いかぶさって、
(んぁあぁあっ!?)
 途端、彼女の内側を強烈な快楽が走り抜けた。かすかにつかんでいた感覚が離れていく。また落ちる。闇の中に沈む。それなのに、快感だけはしがみついて離れない。
 ――ぁぁあああっ、いやぁああっ!
 ――もうやだっ、あぁあっ、んぁぁあっ!
 ――ふぁああっ! たすけて! たすっ、あぁあああんっ!
 闇の世界が白く染まるほどの、甘い声の連鎖。悟らざるを得ない。ここでは感覚の全てが失われ、それなのに、快感だけは残るのだ。
 外から切り離され、闇の中に閉ざされ、そして、ひたすらに淫悦だけを与えられる。
 それが、この牢獄だった。
(ふぁっ、ぁああっ、うそっ、うそっ、うそだよ、ぁああっ!)
 たすけて、たすけてと手を伸ばす。けれど届かない。そもそも手なんてない。あるのは快感だけだ。
(いやだ、やだ、やだ――)
「ああ、お前も落ちたか」
 声が、ずっとずっと遠くから、生の声がかろうじて届いた。
「十四番目の皮。お前もそんなには持たなかったな。早く次を見つけないと」
(たすけて、おねがい、たすけて――)
 声が遠い。かすれて今にも消えそうだ。カラダの持ち主は平然と喋っているのに快楽の波は途絶えない。混乱する。わけがわからない。自分を見失う。
(私を返して……!)
「もう、自分の名前も覚えてないだろう? 無理だよ。『そこ』がなんなのかは私も知らないが、快感だけがいつまでも回転している世界だ。狂うこともない。存分に楽しめ」
(あぁ……)
 快感だけが、いつまでも。いつまでも。
(ふぁああっ!?)
 そう聞いた瞬間、巨大な淫感の波が意識を襲った。ありもしないカラダの痙攣を錯覚する。
「過去の快感も、新たな快感も、渦を巻いてとどまっているんだ。層が深くなればなるほど密度も増す、らしいな」
(あ、ぁ)
 わからない。何もわからない。層が深く。十四番目の。この世界は快楽が。それは、つまり、
(十三人分の――)
 渦を巻く快楽が周回する淫獄。十四人の女が沈み込む皮の内側。果たして最初のひとりが今どんな状態なのか想像もしたくない。そして、これから自分がどうなるのかも。
(――ぁあ、ぁああ――)
 声が遠くなる。感覚が離れていく。何も聞こえない。何も見えない。
 ――たすけて
 ――たすけて
 ――たすけて
 ――たすけて
 重なる声はどこにも届かない。ただ、快楽とともにこの世界を巡りながら沈むだけ。言われて、はじめて気がついた。彼女はもう、自分が誰なのか、何なのか、まるで思い出せなかった。
 ――たすけて
 沈みながら、呑み込まれながら、法悦の嵐に翻弄されながら、ただ、彼女は思い出していた。
 法悦を約束する。
 なるほど確かに。アレは最初から、そう宣告していたのだ。
 
**

 ――篠山園子は、あるいは、篠山園子のように見える何者かは、どうにか痴漢たちの相手を終えて駅に戻って来た。無茶苦茶をするものだ。何人かは御用になるだろう。無茶だったのはその後の行為もそうで、足も腰もガクガクだ。
「しかし、やることはやらないとな……」
 掌を見る。艶もハリも申し分なかったはずの肌が、少しずつくすみ、皺が寄っているように思えた。
 人を皮にして、それを着込む。それが存在理由。
 そう語ったのはまさしく真実だった。そうしなければ、形を保てない。生きていけないのだ。新たな皮を着込んでも、そのうちに『同化』してしまう。その先に何が待っているのかはわからない。昔はわかっていたのかもしれないが、いつの間にか忘れてしまった。
「いた」
 駅をさ迷いながら、ひとりの少女に目をつける。いつも野暮ったい恰好をした、背の高いやせぎすの女の子だ。十代ということはなかろうが、まだ若い。
「ねえ」
「へっ?」
 声をかけると、あからさまに動揺した顔をする。一瞬で顔を真っ赤にして、少女はパクパクと水槽から放り出された金魚みたいに口を開閉させた。
「見てたでしょ、ずっと」
 この少女は、篠山園子のことを三か月間ずっと見続けていた。ホームでも、車両でも、痴漢されている時もずっとだ。それが彼女を興奮させていることを、園子はずっと観察していた。
 この子は、次の候補だと。
「いや、そのっ、わたし、その……っ」
「いいんだ、いいの。ちょっと、話をしたいだけだから」
 笑ってみせる。まだ顔の皮が正常なら、きっと美しい笑顔に見えるはずだ。少女は震えながら、戸惑いがちに頷いた。よし、大丈夫。この子なら、きっといい皮になる。
「どうせなら、お気に入りをかぶりたいもんね」
「へっ?」
「いや、こっちの話。行こうか、大丈夫、心配しなくていいよ」
 そう、心配はいらない。どうせ後のことなんて全てどうでもよくなるのだから。気にすることはない。怯えることはない。なにせ。
 法悦だけは――約束されている。

SKINNERS/end
 


※この作品はリクエストボックスのリクエストを元に執筆されました。