←(承前)

 廃工場には誰もいなかった。時間が早すぎたのだ。
 正真に連絡して、ボンとふたりで夜に来ることと、それ以外の連中は今日は来させないように頼んでおく。こういう時、自分のパスワードさえわかっていれば端末を問わないSNSは便利だ。
 近所のコンビニで買ったパンを食って、二度ほどオナニーをしながら待つと、二人がそろってやってきた。いつもの溜まり場に突然全裸の知らない女が現れたのだ、警戒してしかるべきだと思うが、ボンは鼻の下を伸ばして駆け寄ってきた。こいつ大丈夫かよ。
「おつかれ、正真。オレだ、ジンだ」
 というわけで、オレは事情を説明した。
「えっ、ええ? はあぁ~? 本気ッスか?」
 オレがオレであるということを、当然二人とも信じなかった。正真とオレしか知らないエピソードを話してみせて、ようやく半信半疑というところだろうか。ボンに至っては何を言っても信じず、ジンさんこんな女とエロいことしてんのかよ、と不名誉極まりない勘違いをするありさまだ。無理もないとは思うけどよ。
「この女が誰なのか知らないけど、本当にジンだとして、何をしてるのさ?」
 非難がましい目で言う正真の言葉もわかる。見ず知らずの女として目覚めた――そこまでは許容しても、そのカラダを辱めるのは人道に反するというのだろう。社会的道義なんてものはクソどうでもいいが、それは確かに、オレたちのルールにも反する。
「これを見てくれ」
 だから、オレは正直に話すことにした。わざわざ持ち出したノートパソコンを開いて、例の写真を表示する。インターネットにはつながっていないから、裏サイトの方は見せられない。
「これ……アヤさんっすよね?」
「彩音……? 彩音か!?」
「こいつがやったんだ。もう、ネットにもアップされてる」
 オレの言葉に、二人は愕然とこちらを見た。今、自分がどんな表情をしているのかわからない。だけど、二人の様子から想像はできる。
「オレはこいつを許さない。徹底的に貶めて、殺す」
「女として、社会的に?」
「そうだ」
 オレの言葉に、正真は得心したように頷いた。それからオレのことをじっと見つめて、
「録画したの?」
 と聞いてきた。
 なんだろう。こいつ、アホのくせに物分かりがいいな。頷いて二階堂琴子のスマートフォンを渡す。撮った動画をしばらく見てから、正真は「なるほど」と首肯した。
「ネットにアップされた動画はもう消せないと思ったほうがいいよ。このままじゃそいつを犯したって彩音は救われない」
「……」
 それはオレも思っていたことだ。ぎ、と歯の奥が鳴る。二階堂琴子は取り返しのつかないことをした。絶対に許せない。
「けど、僕にいい考えがある」
 薄く笑みを浮かべて、正真はスマートフォンをかざして見せた。撮影はしたし、これからもする。けれど、それだけでは救えないと言ったのは正真だ。
「まあ、とりあえず撮ろう。そのためにここに来たんだろう?」
 その通りではあるが、物分かりが良すぎる。信じてくれるのは助かるが。
「信じる。信じるさ。その目はジンの目だ。わかるよ――彩音を思う時のジンの目は、僕にはわかる」
「わかんないんスけど、まあヤれるならなんでもいいッス」
 正真は親友だったし、ボンは猿だった。
「でも、その前にやっておくことがある。髪の毛を切るんだ」
「なんで」
「彩音は髪が短いからね」
 ……おお。
 一瞬意味がわからなかったが、なるほどそういうことか。ボンに機材の中から刃物を探させて、無理無理ロングヘアを肩あたりで切り落とした。どちらかというと引きちぎるって感じになったが、まあなんでもいい。
「なんでこんなことするんスか?」
「うるせえ、お前は腰ふっときゃいいんだよ」
「マジっすか、それでいいならそれがいいです」
 猿だった。
 オレは適当な資材の上に腰かけた。心得たもので、正真が何も言わないうちからスマートフォンのカメラをこちらに向ける。さっきからずっと鼻の穴をでかくしているボンが、「い、いいんすか! いいスね!」と目をギラギラさせてにじりよってきた。怖えよ。
「ま、いいだろ。ちゃんとあっためといた。練習させてやるよ」
 オレも童貞なのでなんなのだが、ボンは顔を真っ赤にして(照れているというよりは興奮のせいだと思う、こいつマジ猿)、あわててズボンを脱ぎ捨てた。
「で、でけえ!」
 ぐにゅっと掌が巨乳をつかむ。自分で揉んだときは加減ができていたのか、それとも女の力が弱かっただけか、ボンの力は強すぎた。やわらかい部分を絞られて、ズキリと痛みが走る。
「いてえよバカ。もっと丁寧にしろ」
「だっ、む、無理っすよ」
 遠慮なく胸を揉みしだきながら、ボンは物ほしそうにこちらを見た。口元を変にとがらせている。こいつは、まだ理解してねえな。
「キスは絶対しねえぞ。したらぶっ殺すからな」
「い、いいじゃないスか!」
「ふざけんな! フェラもしねえぞ、セックスだけだ!」
 まんこはいい。オレにはもともとないもんだ。興味もある。だがキスとフェラはだめだ。最悪だ。ホモじゃねえか。くたばれ。
「動画を撮ったらこいつを脅せばいいだろうが。そんで好きなだけやれよ」
「そんなひどいことできないっスよ!」
 こいつ今、自分が何してるのか全然わかってねえな。
 それでも無理にはせず、ボンはおとなしく胸いじりに戻った。多少手つきをゆるめて、むにゅむにゅと全方位から揉みまくる。自分でしたときと同じように、心臓の外側にふわふわとした感覚がまとわりつき、粘性をもったそれがずるりと落ちていく。同時に、背骨が浮き上がっていく。
「ボン、カメラ見るな。顔映っちまう、注意しろ」
「無理っスよ、編集してください!」
「おまえな……あぅっ!」
 オレの抗議は中断を余儀なくされた。ボンが胸にむしゃぶりついたのだ。でろりと乳輪を舐めまわし、乳首を甘く噛む。それだけで、先の倍の速度で快楽が膨張していく。
「んっ、おまっ、あふっ……」
「声、抑えられないの?」
「無理……あぁぅっ」
 知らないやつは気楽でいい。男の時とは快感のベクトルが違う。一点集中で吐き出す男と違って、女の快感は全身に響くのだ。乳首への刺激は神経を伝って指先にまで届く。きっと錯覚なんだろう。それでもそう感じてしまうのだからしょうがない。最終的には脳を揺さぶって、勝手に声帯が震えてしまう。どうやってこらえればいいのかわからない。
 まずいことに、この嬌声は自分すら興奮させるのだ。
「あっ、うんっ、あふっ……」
 とっとと突っ込むと思っていたが、ボンは意外なことに胸にばかり執着した。揉んで捏ねてつかんで引っ張って、舐めてねぶって噛んで吸い付く。あとからあとから送られる刺激がドロドロとカラダの内側を垂れ落ちて、子宮にたまっていく。
 くそ、こんなやつに。
「んっ、んぁっ、ぼ、ボン、ボン……っ、そっち、もういい」
「んえ?」
 顔をあげたボンは顔の下半分を涎でべとべとにしていた。目がうつろだ。こいつマジか。おっぱいでトリップしてんじゃねえよ。
「もう……いいから、下、下いけ」
「あ、はい、あ……」
 あわてたように視線をずらして、
「……我慢できないんスか?」
「うるせえ、早くしろ!」
「は、はい!」
 ボンは今度こそ股の間に顔をうずめて――えっ?
「そうじゃ……ふあっ、ああぁっ!」
 ぬるり、と生あたたかい感触が秘処を舐めあげた。子宮を満たす悦液がぶるりと波打つ。しまった、と思ってももう遅い。ぷしゃっ、と透明な液体が噴き出し、ボンの顔を直撃した。
「ぶわっ!? えっ、えっ?」
「潮吹きだな」
 正真が余計なことを言う。ボンは正真を見て、カメラのことを思い出したのかあわててこっちに向き直ると、「ジンさん……イっちゃったんスか?」とさらに余計なことを言いやがった。
「うるひゃい!」
 噛んだ。
 にまっと気味の悪い笑顔を浮かべて、ボンはまた股間に舌を這わせた。乳首でコツをつかんだように、舐めまわし、ついばみ、あふれる蜜を吸い上げるように舌愛撫を繰り返す。
「ふ、うぅん……あぁあっ」
 気持ちいい――ちくしょう、気持ちいいのだけど、それはもういい。もういいのだ。十分に感じた。その先だ、その奥なんだ。
 舌じゃ届かない、指でも足りない。自分でした時もそこまでは至らなかった。欲しいのはもっと奥。たまりにたまった快感の塊、膣道の果てにあるそれを破ってほしくてたまらない。
 もどかしくて切ない。達しても、まだその空洞が埋められていないのだ。
 それにしたって、ボンも同じのはずだ。こいつはオレを責めるばかりで自分は全然気持ちよくなろうとしていない。今もまだ、びちゃびちゃとエロい音を立てながら舌を躍らせている。こいつなんでこんな余裕なんだ。絶対我慢が効かないと思ったから、オナニーまでして濡らしといたのに。
「ぁっ、ゥん……ボン、ボン、お前――あっ」
 あっ。
 呼びかけにカラダを起こしたボンの、股間に目がいく。ギンギンにおっ勃ったそれを、ボンはしっかりと握りしめていた。
 こいつ。
「シコッてんじゃねえよ! さっさと入れろ!」
「ひっ、す、すいません!」
 ボンは怯えるようにあとずさって、
「……やっぱ、我慢できないんスね?」
「早くしろ!」
 はぁいとニヤニヤ笑いながら、ボンはオレに覆いかぶさった。くそ、近い。気色い。キスしていいスか? と余計なことをいいやがるから、こめかみを思い切り殴った。
「ぎゃあっ……あっ、この殴り方、ジンさん!? ひょっとしてほんとにジンさん!?」
「早くしろよ!」
「なんだよ、もう、もっとかわいくおねだりしてもさあ」
「ぶっ殺すぞ!」
 はいはーいと軽薄に返事をして、ボンは腰を浮かせた。位置を合わせているようだ。ちゃんとできるのかなこいつ。案の定、ぬるり、と何度か入り口をかすめるも、挿入まで至らない。
「あれ?」
「貸せ」
 ひっつかんで誘導する。ぐちゅり、と二階堂琴子の膣口に顔をつっこんで、ほう、とボンは吐息を漏らした。
「では、ありがたく、いただきます!」

 ぐじゅっ――

「んっ……んんんっ!」
 狭い膣道に、ボンのモノが潜り込む。淫乱だなんだと言ったが、貫通の瞬間はそれなりに痛かった。だが想像していたほどではなく、耳の奥で聞こえるじゅぷじゅぷという音とともに、カラダの中心を生ぬるい肉器官が制圧するのを感じる。
「んあっ、は、はぁあっ……」
 それよりなにより、この充足感。足りないところ、自分では絶対に埋められない場所が満たされている、この感覚。これまでのどの快楽より、それが最も甘美だった。
「やばっ……はぁっ、ふぅんっ」
 ずぬり、とボンが腰を引き、ゆっくりと入れる。カラダの中を押し開くモノの形が脳裏に浮かぶようだった。ボンに、征服されている。そんな錯覚すら感じる。
 いや、錯覚なんかじゃないかもしれない。
「うっ、うぉおっ、すげええ……」
 感極まったように震えながら、ボンはオレを見た。「エロい顔」とつぶやく。そうなのか。オレはどんな顔をしているんだろう。思わずカメラに目を向けると、正真も勃たせていた。マジかよ、これ終わったら次は正真か。
「いよぉっ!」
 その瞬間、視線を外したことを怒るように、ボンが勢いよく腰を打ちつけた。
 ドン、とカラダが浮き上がった。衝撃。一瞬視界が飛ぶ。完全に不意打ちで、子宮が驚いたように跳ね上がる。

 どぱっ――

 頭の中で、快感の塊が決壊した音がする。実際、股間からはまた潮が飛び散った。
「ふぁっ、あ、ぁあっ!」
 とうとう我慢できなくなったのか、ボンが思い切り腰を振りはじめた。二人分の体重を支える資材がギシギシと悲鳴をあげて、奥のいくつかが崩れ落ちた。ひとこすりごとに膣壁が震えて、淫らな液体があふれ出す。ためにためた快楽が全身に広がって、挿抜の摩擦で一斉に燃え上がる、神経が焙られる。燃やされる。カラダ全部が炎になって、どこまでも燃え盛っていく。
「あっあぁあっ、んぁああぁっ、ふぁっ、ぁあぁっ!」

 ばちゅっ、ばちゅっ、ばちゅっ!

 肌と肌がぶつかりあい、飛び散る愛液がそこにまざりあい、聞くだけで達しそうな淫音が響き渡る。押し上げられる。持っていかれる。放り出される。沈み込んだ悦感全てが脳天まで引き上げられていく。浮遊する感覚と沈殿する快楽はとうとうひとつになり、飛翔感となって肉体と精神を攫って行く。
「ふぁあぁっ、ぁあっ、ぁっ、あっ、あぁあっ、んあぁあああっ!」
 だめだ、だめだ、だめだ、もうだめだ。限界だ、耐えられない。目の前が白い。真っ白な世界に、虹色の光が飛び散っている。カラダ中が喘いで、絶叫している。
「うっ……ぐっ!」
 ボンの方が、ほんの少しだけ早かった。
 カラダの中心に吐き出される熱い、熱すぎる牡粘液。それが最後の一押しだった。全身の炎がそれに引火する。細胞ひとつひとつが沸騰する。神経全部が誘爆する。
 爆発は一瞬で、脳天へ到達する――

「あっ、ぁあぁあああっぁあぁあああああ――――ッ!!」

 ――全身を反らせて、オレは絶叫した。びちゃびちゃびちゃと何かが噴き出す音がする。明滅する視界の中に虹色の光はもうない。ただその残滓が、ぼんやりと頭の片隅をただよっている。
「あ。ぁあ、ぁああ……」
 気が付けば、オレは全身脱力して床に身を投げ出していた。足元ではボンがへたりこんでいる。スマートフォンのカメラを目の前まで持ってきた正真が、荒い息をつきながら「オーケーだ」とつぶやいた。
「これで、こいつを殺せるよ」
 そうか。そいつは最高だ。ところでお前、どうしてちんこを出しているんだ。
「悪い、もう我慢できない」
「……あんまり、激しくしないでくれ」
 余計なことを言ったものだ。オレの言葉に正真が笑った。子供が蝶の羽をむしる時の笑顔だと思った。
 一応言っておこう。優しくはしてもらえなかった。

**

 正真を伴って二階堂琴子のワンルームに戻ったオレは、一晩かけて動画を編集した。
 ボンの顔と声は極力削って、あるいは加工し、二階堂琴子のそれは可能な限りフレームに納める。特に、挿入の瞬間は完璧に編集した。ここではじめて気が付いたが、よくよく見ると血が出ていた。処女だったらしい。まあ、どうでもいい話だ。
 動画時間は二十分にまとめた。経験則的に、このくらいがベストだ。
「パスワードを変えておこう」
 という正真の言葉に従って、会員サイトのパスワードを勝手に変更する。これで二階堂琴子はもうこれに触れない。動画をアップする際、コメントにはこう書いた。
 ――とうとう顔出し! いじめられ淫乱女子高生無修正処女セックス。
「これで、これまでの動画も全部、二階堂琴子のものってことになる」
 動画そのものは無くせない。それはもうどうしようもない。だが、そこに張られたレッテルは張り替えられる。幸い彩音の名前も顔も出ていないのだ。
「――ざまあみろ」
 守れなかった。気づけなかった。だが、復讐はできた。野蛮だと思うさ。だけど、ほかに方法があったか?
「それで、これからどうするの?」
「……二階堂琴子にはもう手を出さない。十分に復讐はしただろ」
「そうじゃない、戻れるのか?」
 正真の言葉に、思わず動きを止めてしまった。そういえばそうだ。オレはオレのカラダに戻れるのか? いや、それ以前に――オレのカラダは今どうなっているんだ?
「わかんねえな……わかんねえけど、とりあえず寝ることにする。疲れたよ」
 都合三回のオナニーに三回のセックスだ。限界、限界。
 困ったような笑みを浮かべて、じゃあ僕は帰るよ、と正真は立ち上がった。散々嬲ったカラダが惜しいのか、こっちをじっと見つめてくる。やめろ気持ち悪い。
「女のカラダ、どうだった」
 最後にそう聞かれて、
「……悪くねえけどよ、初体験は男の方でしたかったよ」
 我ながら拗ねたような声で、オレはそう答えた。

**
 
 目が覚めると、元のカラダだった。
 全部夢かとすら思ったが、スマートフォンに届いていた正真からのメールを見る限りそんなことはないようだ。彩音の受けた苦痛が事実だと思うと悔しくてしょうがないけれど、報復はもう終わったのだ。
 メールに書いてあったアドレスにアクセスして、勝手に変えたパスワードでログインする。彩音の動画は全て消した。残っているのは二階堂琴子のものだけだ。好調なアクセス数で、顔出しに驚き、喜ぶコメントであふれていた。
 
 彩音に会ったのはその数日後だ。

 まだ落ち込んではいたが、少し元気が戻っているように見えた。たぶん彼女は何も知らないだろう。最近どうだと聞くと「クラスメイトがひとり、ずっと学校に来ていない」と教えてくれた。二階堂琴子だろう。復讐の達成にオレは内心でほくそえんだ。
「困ったことがあれば、オレに言えよ」
「……? うん、わかった。ジンくんにそういうこと言われるの、久しぶりだね」
 そう言って彩音は微笑んだ。
 オレのしたことは、きっと悪だ。だが知ったことじゃない。オレは守りたい。助けたいんだ。クソみたいな人生だけど、彼女のことだけは。
 ともあれ、これで全部おわりだ。復讐は達成、彩音は救われた。オレは清々しい気持ちで、今夜も廃工場に向かうことにした。
 その前に、仮眠でもしようか。

**

 目が覚めると、二階堂琴子になっていた。
「……おいおい」
 冗談じゃない。何が冗談じゃないって、そりゃもう全部だ。今更またこのカラダに押し込められていることもそうだし、放り込まれた環境もそうだった。
 部屋の中は荒れ放題だった。最初は同じ空間だとわからなかったほどだ。人間が暮らす環境じゃない。あちこちに割れた陶器や破れた本がちらばって、壁にも扉にも無数の傷がついている。開いたままのノートパソコンは液晶が割られていた。ロフトベッドから布団が引きずり降ろされて、ずたずたに切り裂かれて部屋の隅に丸まっている――オレはこの中で目が覚めた。まさかこんなものにくるまって寝てるのか? おまけに、目に入る紙ほとんどに、十崎仁と書き殴られている。
 オレの名前だ。
 どうしてオレのことを知っている。まさか意識があったのか? それにしても、本名は誰も呼んでいないはずなのに。オレのカラダが使われた痕跡はなかった……ひょっとして、カラダに入っているのが誰なのかわかるような何かがあるのか?
「……これ」
 それに、気になることがもうひとつあった。
 SNSアプリだ。以前見たときには見知らぬ誰かの悪口で埋まっていた会話欄が、綺麗さっぱり空白になっていた。全て消したのかと思ったが、どうも相手からブロックされているらしい。
 ――直感する。
 今度は、こいつ自身が標的になったんだ。
 何が契機だったのかはわからない。オレの報復がそうだったのかもしれない。しかし何より重要なのは、
「まだいる」
 彩音をいたぶっていたのが、二階堂琴子だけではなかったということだ。
 よく考えればあたり前だ。映像の中では複数の手が彩音を押さえつけることもあった。こいつが主犯格なのは確かだろうが、共犯はまだまだいるのだ。そして今度は、そいつらの誰かが主犯となって二階堂琴子に牙を剥いた。
「……それなら、復讐はまだ終わってない」
 いつ、どんなタイミングで、彩音への攻撃が再開されるかわからない。いや、そもそもそれが終わったかどうかすらあやしくなってしまった。全員だ。やるなら、全員やらないといけない。
「なあ、二階堂。二階堂琴子。お前、意識があるのか? オレの声が聞こえるか?」
 立ち上がる。散らばる服から適当なジャージを拾いあげて身に着ける。風呂にも入っていないのか、端々がかゆい。頭をかくとフケが散った。
「こうなったら協力しろよ。お前だって許せないだろ。お前を追い落としたやつらに、オレが復讐してやるよ――まあ、別に協力しなくてもいいけどよ。どうせお前にゃ抵抗もできないんだし」
 鍵を探すのに苦労しそうだと思ったが、意外にも玄関先にきちんと置いてあった。部屋の惨状とは裏腹に、財布もスマホもちゃんと机の上にあったりする。随分理性的に暴れたもんだ。
「でもよぉ、飯くらいは食え、あと風呂には入れよな。今日これ勝手に入るけど、オレのせいじゃないぞ。お前がきれいにしないからだからな」
 というわけで、とりあえずコンビニに行こう。ろくに食っていないのか、腹が減ってしょうがない。優しいだろう。栄養補給に気をつかってやるんだぜ?
 さて、さて、さあて。
 どこのどいつが彩音をいたぶってくれたのかしれないが、オレの方に止まる気はない。他人のカラダに入り込んでしまうこの現象もさっぱりわからないが、せっかくだから有効活用させてもらおう。なあに、会員制の裏サイトだって、良質の動画が増えて喜ぶだろうさ。
 オレはアパートの扉を閉めて、鍵を捻った。小気味よくカチリと音が鳴る。これは個人的な感覚で、おそらく本人に言えばふざけんなと罵声が返ってくるだろうが、それは二階堂琴子がオレの提案に同意した音のように思えた。
「ふふふ」
 少し軽装すぎたか、寒空の下で肌が震える。肩をすくめて、オレは夜の薄闇の中を、コンビニに向かって走り出した。

youthful possession/dark――end.