単刀直入に言おう、憑依能力を手に入れた。
 どうやって手に入れたかって? そんな細かいことはいいだろう。そういうのは真面目でお堅いやつがやってくれる。話は早いに越したことはない。大事なのは結果だ。
 憑依能力――言葉の通り、異なる他人に憑依する能力だ。肉体から魂が(あるいは意識が)抜け出し、標的のカラダを奪う。感覚も意識も全てを奪う。違う他人を乗っ取るチカラだ。
 難点は相手を選べないこと。
 範囲は決まっている。だいたいこの町か、せいぜい隣町くらいの中から完全にランダムで相手が選ばれるのだ。
 だが大抵の場合は問題ない。なぜならこれは『異性に憑依する力』だからだ。女だったらなんでもいい、なんでも。細かいこととか悩ましい葛藤とかは真面目でお堅いやつにお任せだ。大事なのはマンコだ。考えてもみろ、ブスだから感度が悪いってことはないんだぜ。どうせ自分の顔は自分じゃ見えねえんだ。
 俺はこの力を「 異界の門 アナザーゲート 」と名付けた。違う 世界 カラダ へ向かう門だ。いいだろ? なに、中二だって? 余計なお世話だ、うるせえ馬鹿野郎。
 ともあれ女のカラダに憑依して、オナニーしたりセックスしたりオナニーしたあとセックスしたりそれを撮影したりするのが毎夜の俺の楽しみだった。クソみたいな生活のオアシスだ。被害にあった女? そんなもん知ったことじゃないが、アップした動画は自宅のPCでちゃんとダウンロードしてるぜ。ポイントは顔を映さないことだ、いろんな意味で。
「じゃ、行くか」
 一日の仕事を全て終えて、全裸でベッドにダイブ。さあ今日も、門をくぐって違う世界への旅立ちだ。熟女か幼女かでかいか小さいか処女かヤリマンか美人かブスか、できれば秘書課の峯川ちゃんに憑依したいもんだが、そういう自由はないのだった。まあこれもクジみたいで楽しいさ。金のかからないガチャ、最高だね。
「―― 異界の門 アナザーゲート 開錠 オープン
 必要のない宣言とともに、俺の魂は吸い込まれるように――あるいは浮かびあがるように肉体を離れ、やがて全ての感覚とともに意識を失った。

**

 ――意識が戻る。
 瞼を開けようとしたが、目の前が真っ暗だ。カラダもうまく動かない。どこか浮遊感があって、地に足がついていない感じだ。感覚が追いついていないのだろうか。
 深呼吸をする。息をはいて――
「ふぐっ……」
 ――んっ?
 くぐもった声が出て、異常に気付いた。喋れない。というか、何かが口に挟まっている。口が開いたまま閉じられない。歯を立てるとかすかな弾力。シリコンか何かのようだ。
 すぐに思いついたのは、丸い球体にベルトがついた口枷――ボールギャグだ。吐息とともにだらりと涎が垂れて、顎を汚すのを感じる。涎の流れに沿って感覚がよみがえるようだった。
 首元を伝い、鎖骨をわたり、胸元をかすめて、
「ふうっ!?」
 ぞくり、と心臓が震えた。重量感のある胸元から、微細な振動と刺激が断続的に送られてくる。ブブブブ、と何かが震える音も響いている。ローター? ローターか?
 一体どういう体勢なのか、涎はへそを下って足元まで落ちていき、
「んふっ、ふううっ!」
 当然というべきか、異物感が激震する秘奥にまでたどり着いた。
 カラダはすっかりできあがっていて、子宮の奥が痙攣しながら愛悦をあふれさせている。心臓が高橋名人もびっくりの連射力で早鐘を打ち、煮立った血液が全身を過敏にさせて、そこをあふれだした愛悦が駆け巡る。唾液とともに息を吐き、濃密な女のにおいとともに酸素を吸う。呼吸器にとりこまれた淫猥な空気はうちがわから神経を侵して、鼓動がまた早くなる。
「はぁっ……ァっ……」
 カラダがうまく動かない。それはそうだ。これは明らかに拘束されている。両手が肘まで背に回ってガッチリと固定されていた。脚もそうだ。どうやら大股を開いた開脚の姿勢でいるらしく、どこの関節も全く動かない。おまけに、これたぶん、本当に地に足がついていない。
 何をどういうふうにしているのかわからないが、このカラダは垂直に吊られているようだった。上向いた口元から涎がこぼれて、そのまま(たぶん裸の)カラダを一直線に伝っているのだ。真っ暗なのも当然、目隠しをされているからだ。
 えっ、なにこれ。
「ん、んん、んんんっ!」
 声をあげても返事はない。放置プレイ? 放置プレイなのか? またぐらと胸元で震える大人のおもちゃだけがこのカラダへの返答だった。
「ふうっ……う……ッ」
 カラダをよじろうにも全く動けず、揺らそうにも反応なく、ほんとうにガッチリキッチリ完璧に固められている。余裕ゼロ。首すら動かせない。身動きとれない中でも淫靡な振動は止まる気配がなく、感覚をごまかすことも気持ちを反らすこともできないまま、意識のすべてがいやがおうにもその二か所に集中してしまう。
 おそらくはやわらかいだろう巨乳の頂点、大きめの乳輪の先端は既に屹立していて、敏感なそれを挟み込むようにふたつの――いや、みっつのローターが振動している。つぶされた乳首から乳腺をさかのぼるように淫動が波打ち、その卑猥な蠢きは乳房全体を覆いつくして心臓をわしづかみにしている。誰も触っていないのに延々と淫乳をもみしだかれているようで、しかしやはり誰にも触れていないもどかしさが胸の中心でざわめいている。
 その焦燥にも似た何かは内臓を通って子宮にまで浸潤している。脈うち震える錯覚すら感じる子宮はみっちり淫辱に満たされていて、破裂の瞬間を今か今かと待っているようだった。
「んん……んぐっ、ふぐん……」
 くぐもった声は甘くもなければエロくもなく、ただの汚いうめき声だ。それなのに子宮の媚熱はその温度を増したようだった。感じているという事実が、快感を高めていくのだ。
 それを後押しするように、膣で蠢くバイブがその勢いを強くした。誰かがそこにいるのか、それともリモートなのかランダムなのか。
「んっ、んんっ……」
 ぐじゅぐじゅといやらしい音が聞こえている。まるで耳元で愛液を掻き混ぜられているようだ。いや――事実そうだった。ヘッドホンを被せられているのだ。聞こえてくるのは今まさに辱められている秘部と乳首、そしておそらくは鼓動の音、それに自分自身の声――
「んっ……?」
 ――それに気づくのを待っていたように、バイブの音が変化した。まず振動が一度おさまる。モーター音、スイッチ音、そして、振動とは明らかに違う駆動音。
「ふ。ぅ、」
 ぐち、と膣内で何かが動いている。わからない。わからないが、なにか細かい、先端のやわらかい小さな棘のようなものが、大量にバイブから伸びているのではないだろうか。小さな刺激がプツプツと膣をつついているのだ。
「ふう、う、」
 このまま震えるのだろうか。さっきのように、あるいはそれよりも強く? ぞくぞくと背を恐怖にも似た何かが這い上がる。耳元では不穏な駆動音と、胸元を刺激しつづけるバイブの音が重なり合って、鼓動の響きを強くする。
 身動きひとつとれないまま、気持ちだけを固める。すごいのが来る。柔棘が、一斉に震えだすのだ。その動きと淫激を予想して、俺は覚悟を決め、そして、
 ぐじゅっ――
「ふっ……」
 ――そして、無数の柔棘ごと、バイブが猛烈な勢いで回転した。
「んんんああああぁぁあああぁあぁああぁぁあッ!!」
 ぐじゅぐじゅぐじゅぐじゅッ!
「んんんッ、ふうっ、ふぁ、ふぁあああああぁあッ! んぁあああッ!」
 肉ごと淫蜜をこねまわしかきまぜる異様な音が耳元で叫んでいる。これまでの淫辱ですっかり充溢していた媚肉は猛烈な回転に喘ぎ声をあげてあっという間に陥落した。全感覚がそこに集中し、それが全身に逆流していく。神経という神経が快楽の満ちた液体に浸され、その中でぐるぐるに掻き混ぜられてぐちゃぐちゃにもみしだかれている。
「うぅううっ、んうぅうっ!」
 動けないまま激震におぼれるカラダに、何かが冷たいモノがあてられた。回転バイブは止まっていない。そっと優しく、いたわるように、それは今まで放置されていたソコを包み込んだ。
 快楽の収束点、快感の頂点、猛攻するバイブの上部で皮を脱いで身を震わせる、クリトリスを。
「んあお――――ッ!」
 抗議に応えはなかった。
 バイブと同じような淫棘を無数に生やしたそれは、クリトリスを咥えたまま、やはり回転した。
「あおおぁぁああぁああッ! んうおぁぁあぁあああッ! ふぁああぁあああああッ!」
 翻弄される淫芯はぶちゅぶちゅと音を立てて形を変える。それはもはや快感の撹拌だ。捻られ潰され伸ばされ挟まれ捏ねられ扱かれ苛め抜かれる。
「ぁああっ! んんぁあああぁっ!」
 さっきから、何度もイっている。
 それなのにまるで落ち着かない。射精感に近い何かが股間に集まり爆発するも、次の瞬間にはまだ射精直前の感覚が延々とつづいている。頂点に向かって描かれたグラフは、到達しても下ることをしないのだ。下げる方法もない。このカラダはここで、弄ばれるしかない。
「んんんんっ! んんんんんんっ!」
 助けを請うことも許されず悶えるだけ。
 何度も飛んだ意識は帰ってくるたびにかすんでいき、全身の感覚も曖昧になっていく。ただ濃密で激しい快感だけが何度も何度も駆け巡っている。気が狂う。おかしくなる。涎と汗と愛液と、いつの間にかこぼした尿で全身ぐしょぐしょだ。
「んっ……」
 ひやり――と。
 そこで、何かが肩をつかんだ。
 つかんだ。
 人間だ!
「んんっ……!」
 解放される。助けてもらえる。朦朧とした頭で俺はそう考え、そして助けを、

 ズヌッ

「んっ……?」
 ごりっ、と体の中心を熱い何かが貫いている。バイブもローターもまだ動いているのに。全身いたぶられ、辱められ、それでもまだ空いている場所。
 直腸を――そいつの肉凶器は貫いていた。
「んん――ッ!?」
 これほどまでに全身弄ばれても、他人の体温を感じたのははじめてだった。悪意と欲望に満ちた温度が排泄口をこじあけ、その身をねじこませている。かすかに引かれるとぞわりと背筋が震え、突き込まれるとそれが弾けた。
「んっ、んんッ、んふっ、ふぅっ」
 機械的な快楽と、人間から与えられる体温のある淫虐はまるで別物だった。征服されているという実感が、じわりとおなかの中を滲ませる。
 一突きごとに体温と体温がまじりあい、相手の温度が自分の温度を侵略していくのを感じるのだ。肛門を引き裂き、背徳器官を犯しながら、同時に精神を侵している。
 この男のモノだと――思い知らされる。
「ふッ、ふうっ、ふぅうううっ!」
 何度も何度も絶頂して、何度も何度もこれ以上は無理だと思ったのに、ただ無遠慮につきこむだけのピストンはそれまでのどれよりも激烈で抗いがたい衝撃をこのカラダに与えていた。こぼれた涙が頬に温度を残していく。この熱はもう、こいつの熱なのかもしれない。
「んっ、んんんんっ、んんんんッ!」
 胸が、股間が、肛門が、脳髄が、快楽で揺れている。この身は既にひとかたまりの快感機械だった。熱を取り込み快楽を吐き出すだけのシステム。脳髄までも蜜熱にうなされている。
 灼熱した神経が震えている。まるで導火線だ。肛門から送り込まれる淫熱が火をつけて、脳髄へ向かって快楽神経を焼き切りながら疾走する。視界が明滅する。心臓が破裂する。意識が飛ぶ。全身が大波に攫われていく。そして、ただひとつ残った快感が――
「ん、ふっ、ふぅっ、ふぅぁあっ、ふぅんんんんん――――ッ!」
 ――爆散する。
「ふっ、ぐ、あ、んうぅ……」
 直腸の中を何か熱い液体が逆流している。何度も、何度も、驚くほど長い放出のあと、やっと熱棒がずるりと肛門から這い出した。
 カチャン、と何かが外れる音がした。同時に全身を苛んでいた駆動音が一斉に止まる。器具がひとつずつ取り外されて、カラダが冷たい地面に降ろされる。ボールギャグが外れると、このカラダではじめて大きく深い呼吸をした。冷たい酸素が肺に満ちて、少しだけせき込んだ。
 目隠しはそのまま、ヘッドホンを先に外される。静かな部屋だった。冷えた空気の中を、換気扇の回るような音が響いている。
 立っていられない。目隠しを外される前に、俺は倒れ込んでしまった。全身を冷えた感触が包んで、疲労感が滲んでいく。朦朧となった意識がかすんでいく。このまま憑依は解けるだろう。
 ふ、と耳元にかすかな体温を感じる。敏感になったカラダが、吐息とともにその声を聴いた。
「よかったよ――峯川チャン」
 その瞬間、俺の意識は消滅した。

**

「あああああああああああああ!!」
 飛びおきて、俺は思わず叫んでしまった。全裸のカラダを見下ろして、ぺたぺたと触る。おわあああ。おわああああああ。
「なんだあれ……なんだあれ!?」
 うっかりプレイ中に飛び込んだことは今までもあったが、あんなのははじめてだ。信じられない。なんだあれ。まだケツの穴が疼いてる。あんなことあるか!?
「きもちわる……」
 全身汗だくだった。シャワーをあびようとふらふらと風呂場に行く。未体験だった。異界にもほどがある。びっくりした。びっくりした。
「………」
 まだケツの穴がうずいている。
 まだ疼いている。
 まだ……
「……いや、うん、まあ……」
 まさに未体験。未経験。異世界の快楽だった。これまでのどのパターンよりも激烈。忘れようにもしばらくは脳裏にこびりついているだろう。
「……」
 あれをまた体験できるのなら――いや、いやいや。いやいやいや。
「……峯川チャン……って言ってたよな」
 秘書課の峯川チャンだろうか。いやまさか。偶然だ。いやでも。いやいや。
 ごくりと喉が鳴る。熱いシャワーでは火照ってしまいそうだったので冷水を浴びたが、意識はちっとも冷えなかった。

**

 その後俺と峯川チャンに何があり、どうなったのかは語るのをやめておこう。だって興味ないだろ?
 夜毎の憑依は今も行っている。毎晩違うカラダでいじめられるのもいいものだし、構ってもらえない時は前と同じように俺が女をいたぶっている。何も宗旨替えってわけじゃないんだぜ。ただたんに、道が一本増えただけだ。
 まったくもって異界の門――違う世界への入り口は意外と身近にあったりして、未踏の道は知らないだけで、案外自分にハマっていたりするもんだ。
 なんというかまあ、そういうことで。めでたしめでたし。
 ――に、なるのかね? 

アナザーゲート――クローズド