亜人学校1


 トリオネイア総合学院には多くの種族が混在しているが、中でもエルフ族の生徒会長は皆の憧れだ。
 容姿端麗。文武両道。品行方正。皆に優しく平等。比較的高い地位を持つエルフでありながら、既得権益を捨ててまで種族の平等を目指すその志の美しさ。

 ファティアナ・アーヴルヴァルト。 

 「永遠の葉」をその名に持つ彼女は、「世界に残る種族間差別を撤廃する」ことを生涯の目的として語り、とうとう、学院においてはその志をほぼ達成してしまった。

 だがその高い志が、美しい姿が、全ての存在に受け入れられるかといえば、別の話だ。

亜人学校2



「あの売女を破滅させろ」

 呼び出した挙句、居丈高にそう言ったのは鬼族の二年生だった。
 鬼族は優れた身体能力と強力な特殊能力を備えている。もちろん比較的高い地位を誇っている種族だ。しかし、慣例的な優遇なくしてそれを保てるかどうかはあやしい。
 つまるところ、種族が平等になってもらっては困るやつらだ。
亜人学校3
「なんで俺にそれをいうんですか」
「デモンの末裔、お前ならあの姑息な魔女をどうにかできるだろう」

 吐き捨てるような言葉で納得した。
 エルフは魔術に長じている。アーヴルヴァルトといえば伝説の「古き森の民」が住む聖域だ。そんなところの名前を持っている彼女は、すでに超のつく優秀な魔術師なのだ。陥れようとしてもうまくはいくまい。

 だが、俺ならばできるのか?

「俺の能力は使用を禁じられているんですがね」
「この学院においては好きに使っていい。好きにだ」

 鬼族の二年生にそんな力があるとは思えない。つまりこの話は、もっと上から来ているのだ。

「封印の術法を解けるってことですか?」
「そう言ったぞ」

 なんとまあ。
 断る理由を探したが見つからなかった。方法は問わない。ただ単に、あの麗しく美しい、汚れのない宝石のような彼女を貶めればいいというのだ。
 醜悪で、卑劣で、そして、

 ――最高の命令だった。



亜人学校6


「よし…」

 生徒会室をうかがうと、室内にひとり、書類らしきものを手に満足気に頷くファティアナを見つけた。俺はそっと扉を開いて声をかける。

「会長、おつかれさまです」
「えっ、ああ、おつかれさま。一年生の……ニグ君だっけ?」

 おっと。
 まさか名前を憶えられているとは思わなかった。カースト最下位のデモンだろうと、接点のない一年生の男子だろうと、彼女は全ての生徒を憶えているようだった。
亜人学校7
「そうです。なにか一区切りついたんですか?」
「うん。種族間の不均等な制度を、これで一通り撤廃できる……長かったけど、やっとここまで来たよ」

 なんでも明日の会議で、種族長たちの前でこれを提出、承認をもらえば全ては完了するらしい。もちろん過半数の承認は事前に確認済みというわけだ。

「ほんとうは全会一致で承認したかったけど……」

 まあ鬼族のアイツがいるからな、それは無理だ。いや、そうでもないか。全会一致は叶うかもしれない。
 ――成果は真逆になるだろうが。

「それで、ニグ君は生徒会室になんの用?」
「会長」
「ん?」 

亜人学校5


「 こっち を 見ろ 」

亜人学校8
 

 ――その瞬間、俺の能力が発動した。


 亜人学校9

「あっ……?」

 じわり、と眼球が熱を持つ。視界が明滅する。意識が混濁する。 自分の体から力とともに魂が抜けていく錯覚。向かう先はひとつしかない。

亜人学校10

「あっ…あ、ああ……! あああっ!?」

 悲鳴が聞こえる。聞いているのは俺の耳か彼女の耳か。意識の半分は既に彼女の中。ふたつの世界がゆらめきながら交わっていく。涙でかすむ視界の中で俺が笑っている。うすれていく視界の中で彼女が悶えている。

 眼球からもぐりこみ、視神経を犯し、脳髄を制圧して、脊髄を侵攻する。内臓を、血管を、神経を、 細胞のひとつひとつを掌握する。そのたびに彼女が感じる言い知れぬ嫌悪感を、俺は俯瞰しながら共有する。

 這入り込む――征服する快感と。
 侵される――蹂躙される快感と。

 同時に味わえるのは、世界でもこの能力を持つ一部のデモンだけだ。何度経験してもたまらない。

「ああ――あっ、あ、あああ、あああああッ!」

 悲鳴が心地よい。俺のカラダが倒れる。意識が潜り込む。そして彼女を押し込める――

亜人学校11
 「あああああああああッ!」


……

…………


……はあッ
 
 
 亜人学校13


「はあ、はあ……」

 息が荒い。どうにか呼吸を整えて、俺はあたりを見渡した。生徒会室の中。いるのはふたり。麗しき生徒会長ファティアナ・アーヴルヴァルトと、忌み嫌われるデモンの末裔ニグ・ゲドゥ。
 デモンが滅ぼされることになったのはその凶悪すぎる魔眼のせいだ。対抗手段はほとんどない。専用の術法で防ぐか、封じるしかない。そのため世界はデモン一族の住む一帯を広域魔術で破壊しつくしたのだ。

 デモンの末裔。

 嫌われるのも当然だ。生き残ったデモンは全員、竜族に魔眼封じの術法をかけられた。これを解けるのは竜王に連なる血筋だけだ。
 余裕があるならまだしも、不意打ちで魔眼を食らって逃れられるやつはいない。エルフは魔術を使う暇さえあたえなければ、美味しいカラダをしているだけの餌みたいなもんだ。

 そう。

亜人学校12
 
「よし……侵略完了」

 俺の魔眼は「意識の侵略」。
 意識だけが彼女の肉体に侵入し、彼女の意識を内に封じる。もちろん全ての意識を彼女にもぐりこませては俺自身が死んでしまうから、そのへんは調整だ。
 今回彼女に這入り込んだ意識は俺全体の八割ほど。残り二割は俺の体に残っている。せいぜい家に帰って寝るくらいのことしかできないが、それで十分だ。
 事実、よろよろと起き上がったニグ・ゲドゥは今ひとつ状況を理解していない様子でふらふらと出て行った。下準備は整った。
 あとは明日、種族長会議で思う存分彼女を貶めるだけだ。

「ふ、ふふふ」

 気づけば、鈴を転がすような声で笑っていた。美しい。心が癒されるようだ。 彼女の崇高な志が声にまで現れているのかもしれない。
 種族間の平等。俺にとってもそれはありがたい。魔眼を封じられたデモンはカースト最下位。どこに行っても不利益しか被らない。彼女は素晴らしい。ほんとうに素晴らしい。
 素晴らしい偽善者だ。

 俺は忘れない。こざかしいエルフどもが、笑いながら俺の村を焼き払った日のことを。平等も糞もあるか。 スカしたエルフをぐちゃぐちゃにできるならなんだっていいんだ。

 それにやつらは何もわかっていない。デモンに魔眼を与えるということが何を意味するのか。

 さあ。さあ。さあ!!!

 スカしたエルフも、偉そうな鬼族も、油断している竜族も、ヒューマもドワーフもハーフリングもどいつもこいつも!!

亜人学校14
 
この俺が 侵略してやる。

つづく