何年か前に書いててめんどくさくなって放置してたエロい憑依小説です。
ひと区切りまでまとめましたのでよかったら読んでください…

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 なんかおかしい。
 藍町葵は、ここ数日ずっとつきまとっている違和感に今日も眉をしかめた。いつもの学校のいつもの教室。開かれた扉の向こうには見知った顔が始業前のざわめきの中で笑いあっている。
 いつも通り――そう、いつも通りなのだ。葵だけがいつもと違う。いや、それも正確ではない――
「どうしたの?」
 不思議そうに問いかけてきた声に振り返る。隣のクラスの女子だ。教室の前で仁王立ちしている生徒を見つけたら、そう聞きたくもなるだろう。葵は「なんでもない」と嘘をついて、意を決したようにどすどすと教室に踏み入った。先月あたりまでは一緒にサッカーをしていたはずの男子たちが、そろって距離をあける。ちらちらとこちらを盗み見る視線が、どうも気に食わない。
「むうっ!」
 ランドセルを机にたたきつけて、葵は椅子にどっかりと腰をおろした。その様子を見て、男子たちがさざめきながら、やっぱりこちらをチラチラ見ている。
「ううう……」
 気に食わない――本当にいらいらする。
 葵はよく外で遊ぶ。野球もサッカーもドッジボールも大好きだ。生傷だらけに泥だらけなのが常。女子の友達もいないわけではないのだが、ちまちました遊びが性に合わない。抜群の運動神経もあいまって、葵はたいてい男子に混じってスポーツをしている……否、していた。
 最初にサッカーへの参加を断られたのは、確か十日ほど前だったはずだ。いつも通りに校庭に出たら、妙によそよそしい態度で「お前はもう仲間にいれない」と言われたのだ。
「なんで、あたしなんかした?」
「なんかって……なんでもだよ! 女子と一緒になんか遊べるかよ」
「なんだよ、いきなり!」
 いつもだったらそのまま取っ組み合いの大喧嘩にでもなっただろうが、この日ばかりは相手が乗ってこなかった。葵が殴りかかってもろくに反応せず、中途半端に逃げるだけだ。
 昨日まで隣にいたはずの友人が、急に遠ざかってしまった。
「なんだよ……」
 つぶやいてみても、一人でサッカーはできない。
 以来、葵はスポーツに混ざることができない。それだけではなく、明らかに男子から避けられている。ハブにされている。これはもういじめじゃないのだろうか。葵が話しかけても、バツの悪そうな顔をしてそそくさと逃げてしまうのだ。これまで女子との間に深い交流を持たなかったから、いまさらそっちの輪にも入れない。軽い会話や挨拶程度ならばなんとかなるが、一緒に遊ぶとなるとどうしても噛み合わないのだ。
 結果、葵はクラスの中で完全に浮いてしまっていた。
「……」
 ランドセルを机の脇にひっかけて、教科書とノートを机に入れる。始業前の教室、葵の周囲には誰もおらず、ぽっかりあいた空白の中で黙ってチャイムを待つ。教室は笑い声で満ちている。いつも通り。本当にいつも通りで、葵だけが――葵に対するみんなだけが、いつもと違うのだ。
 こんな教室はこれまで経験したことがない。考えたことすらなかった。
「なんだよ……」
 じわり、と眼球に熱が集まってくる。まただ。最近、ふとしたときに泣きそうになることが多い。自分がどこかおかしくなっていることはなんとなくわかっていたが、どうすることもできない。
「……」
 じっと待っていると、スーツを着た女性が教室に入ってきた。少し明るい天然パーマの長い髪に、小柄だがおっぱいだけは大きな、アンバランスな体。手に持っているのは学級名簿である。
 柿村菊先生――おととし大学を出たばかりの新任教師で、担任を受け持つのははじめてだったはずだ。
「はい、おはようございます、席についてねー」
 ほがらかな笑顔でそう言う。明るくて、元気で、一生懸命で、なにより綺麗。まじめな良い先生。
 ……相談してみようか。
 この一週間ずっと考えていたことだ。男子に無視されてるなんて、恥ずかしくて言えないと思っていたが――この状況のままずっといたらおかしくなってしまうかもしれない。相談してみよう。
「それじゃあ、一時間目は算数ですね。みんな、昨日やったこと覚えてるかなー?」
 二時間目と三時間目の間には二十分の休み時間がある。そこで、柿村先生に聞いてみよう。どうしてこうなったのか。どうすればいいのか。
「はい、そうですねー。中学生になったらエックスとかワイとか、難しい言葉を使うんだけど……」
 少しだけ希望が見えた気がして、葵は小さくうなずいた。そんな彼女を見て、周囲からひそひそと囁きあう声が聞こえたけれど……きっと、気のせいに違いない。

**

 休み時間になると、男子は一斉に外に駆け出す。その背中を見送ってから、葵はのろのろと動き出した。二時間目で使った教材を片付けるのだろう、両手に荷物を持つ担任に歩み寄る。
「せ、せんせー」
「ん? どうしたの?」
「あの……」
 ここでは言えない。教室には、まだ人がかなり残っている。
「て、手伝います」
「あら、助かるなあ」
 にっこり笑う柿村先生にぎこちなく笑顔を返して、教材の半分を受け取る。
「資料室に運ぶからね」
「はい」
 並んで廊下を歩く。資料室まではそう遠くない、話を切り出すのは着いてからでいいだろう。廊下でも、やはり相談する気にはなれない。それにそう、資料室というのはちょうどいい。職員室だと、やはりほかの教師がいる。
 なるべく、誰にも知られたくなかった。
「はいついたー」
「……」
 資料室は薄暗く、ほこりっぽかった。持ってきた教材をとりあえず手近なところに置いて、葵は待ちきれずに切り出した。
「あの、先生。あたし……」
「うん、なあに?」
 笑顔で振り返った柿村先生に悩みを告げようとして、葵は動きを止めた。止めた、というのは正確ではない。止まった、というべきだろうか。葵の意思とは関係なく、全身が硬直したのだ。
「……」
 言葉が出ない。愕然と目を見開いて、葵はぱくぱくと口を動かした。なんだこれは。まるで金縛りにでもあったみたいに、体がいうことをきかない。
「藍町さん?」
 問いかけにも答えられない。薄暗い資料室が、どんどん白く染まっていく。ホワイトアウト。なんだこれ。なんだこれ。
「藍町さん、どうしたの?」
 不思議そうな声が不安そうな声に変わる。気持ち悪い。意識がにごっていく。にごって、まざって、かきまぜられて――
「……うっひょう」
 ――そして、塗り潰される。
「あ、藍町さん?」
「ああ、うん。はい、大丈夫です。ふう」
 ぱたぱたと手を振って、葵はへらへらと笑ってみせた。室内を見渡して、軽く肩をすくめる。
「どうしたの、藍町さん。本当に大丈夫?」
「いや、うん、大丈夫なんですけど、その……えっと、相談があって」
「相談?」
「はい」
 それは、当初の予定どおりの発言だ。藍町葵は、確かに相談があってここに来た。だが、彼女にとって深刻なはずのそれを口にするには、今の葵はあまりにも不真面目すぎた。口もとに浮かべた笑みはゆるみきっていて、だらけた姿勢からは真摯さが感じられない。
 どうでもいいけど、一応。そんな雰囲気だ。
「相談って……?」
「あのう。あたしえっと、いじめられてんすよ」
「ええ?」
 心底驚いたように目を見開く担任に、葵はやはりへらへらとした笑みを返した。それは驚くだろう。はじめて担任を受け持ったクラスでいじめなんて、たまったものではあるまい。
「ど、どういうこと? いつから、誰に?」
「えっとお……」
 ずい、と身を乗り出す柿村に気おされるように、葵は一歩退いた。そのようすを見て、柿村が動きを止める。おびえさせてはいけないと思ったのか、自分も一歩分距離をあけて息を整えたようだ。
「も、もうすこし詳しく話せる?」
「うんとねえ」
 ちょうどいい。葵は深刻そうなそぶりをして、後手に扉を探り、

 ――カチリ、

 と鍵をかけた。
「藍町さん?」
「あのね、先生……あたしね」
 ぽつりぽつりとつぶやきながら、一歩ずつ近づいていく。戸惑う柿村の目の前まできて、
「あたし、男子に無視されてるの」
「む、むし……? そんな、だって、いつも一緒に……」
 そこで、何かに気づいたように柿村は言葉を止めた。ここ最近、葵が一人でいることに思い至ったのだろう。
「どうしてそんな……」
「わかってるの。あたしね」
 救いを求めるように両手を掲げる。戸惑いながらもその手を握り締める担任に、
「あたしね、男子を軒並み食っちまってんだよね」
 葵は、にたり、と悪魔じみた笑みを浮かべた。

つづく